ひかり奪還作戦

 血に濡れた怪しげな刀をかついだ屋敷の主人に、従事者じゅうじしゃたちはどの様な印象を抱いているのであろうか。

 すれ違うメイドや執事たちは僕の姿を見るなり廊下の端に避けて道を譲ると、意図的に視線をらした。


 南館の廊下を進み、階段を上がる。ひかりが監禁されている東奥の部屋へと向かう。

 ドアノブをひねるが、案の定、扉には鍵が掛かっていて開かない。ただ、こちらにはマスターキーがあるので、解錠することは容易であった。

 鍵束から一致するものを探して扉を開けた。

 扉を開けて部屋の中を覗くと、米飯と梅宮が驚いた顔になる。

「園田……。なんだって、こいつがここに?」

 米飯が顔をしかめると、梅宮も「さぁて、ねぇ?」と首を左右に傾げる。

 二人は、僕が園田の肉体に憑依ひょういしているとは思っていないようだ。手で刻印を隠しているので、端から見れば園田本人としか見えないのであろう。

 突如として屋敷の主人が現れたので、老夫婦は慌てたようになる。

 なんせ、この部屋にはひかりが監禁されているのだ。恐らく、米飯と梅宮がこの部屋を選んだのは、人気がなく誰も立ち入ることがないからであろう。

 長らく人の出入りがないことが伺えるように扉はび付いてきしみ、床にはほこりが積もっていた。

 それなのに園田が現れたのだから、二人が驚くのも無理はない。

 相手に僕の存在が気付かれていないのであれば、それはある意味、好都合ではないか。この状況を逆手にとって、僕は一芝居打つことにした。

──生者である園田には、霊体である米飯と梅宮の姿は見えない。

 そのことを意識しながら、僕は椅子に縛り付けられているひかりに視線を送り、大仰おおぎょうに驚いてみせた。

「ななな、何だ、これはっ!?」

 米飯たちの横を素通りして、慌ててひかりへと駆け寄る。

 米飯と梅宮は止めに入ることもできずに、その場で一部始終を見守っている。

 僕はひかりの体を揺さぶった。

「大丈夫ですか、お嬢さん! お怪我はありませんかっ?」

 少し、やり過ぎだろうか。米飯たちに僕の正体を悟られないように振る舞っているつもりだが、どうにも演技臭くなってしまう。

「う……うぅん……」

 ひかりが小さく呻いた。

 どうやら、ただ眠らされているだけらしい。

 僕はホッとしたが、その感情は表には出さずに叫んだ。

「まだ意識があるぞ! 大丈夫か? しっかり!」

 妖刀を壁に立て掛け、両手を空けた。ひかりの拘束具を解いて、彼女を自由にしてあげる。

 もたれてきたひかりの体を抱き上げて、立ち上がった。

「……屋敷の中で暴漢が暴れているようだ。此処ここは危険だから、早く安全なところへ運んであげないと!」

 どう頑張っても台詞せりふっぽくなってしまう。

 まぁ、重要なのは米飯と梅宮から不審に思われず、この場所から離れることである。いくら大根芝居であろうとも、二人がそれに気付かなければ良いのである。

 僕は視線を変に動かして挙動がおかしくならないように意識しながら部屋の扉に向かって歩き出した。

 米飯と梅宮は、相変わらず黙ったまま成り行きを見守っている。

──大丈夫だ。どうやら、気が付かれていないようだ。僕は内心でイケる、と手応えを感じていた。


──ヒャアッハァッ!


 ところが、そんな僕の耳に聞こえてきたのは、軽快な笑い声であった。──こんな声を発するのは、おおかみの死神しかいない。

「どうやら、奴が来たみただなぁ、ばあさん」

 米飯もそのことに気が付いたようだ。隣りの梅宮に視線を向けると、梅宮も同様に頷いた。

「ええ。そのようですね、おじいさん」


 ここにきて気が付いたが、米飯の腹部には数字の『1』、梅宮の背中には『2』の刻印が浮かんでいた。そして、僕の胸部にも──。

「あん? その『3』の数字……」

 ふと、米飯が気が付いて僕を指差した。

──マズった。ひかりを抱えていて油断をしていたが、隙間から胸部に刻まれた数字が見付かったらしい。

「あんちゃんか。俺達をだましてくれたわけかい?」

 米飯がにらみを利かせてくる。こうなっては言い逃れもできない。

 僕は開き直って声を上げた。

「悪いけれど、ひかりは返して貰うよ」

「なにを……このっ!」

 米飯が拳を振り上げてきた。

 僕はひかりの体を部屋の隅に下ろすと、壁に立て掛けていた妖刀を手に取る。

 さやから妖刀を引き抜くと、刃先を米飯の喉元に向けた。

「こ、こいつは……」

 息を呑む米飯に、僕はしたり顔で返した。

「貴方が置いていった妖刀ですね。不用心に、置いてあったのでお借りしました。……なんなら、貴方が言っていた霊体の切れ味とやらを身を持って試してみますか?」

 米飯は怪訝けげんそうな顔付きになったが、抵抗はせず両手を挙げつつ後退った。

 これが──この妖刀が幽霊を切ることができる業物であると教えてくれたのは米飯本人である。米飯も迂闊うかつには手を出せないようだ。

「あらあら、おじいさん。駄目ですよ、きちんと持ち物には名前を書いておかなきゃ」

 梅宮が呑気にそんなことを言うと、米飯は舌打ちを返した。


──ヒャッハァ!


 睨み合いが続いている間にも、狼はこちらに迫ってきていた。次に上がった狼の笑い声は、だいぶ近くの廊下からである。

 すぐ側にまで、狼が迫っていた。


 そして、扉が開き、扉の外に姿を現したのは異形の存在であった。

「うぉっ!?」

 米飯が悲鳴を上げた。

──当然だ。

 なんせ、姿を現したのは予想していた軽快な狼などではなかった。

 それは真っ赤で宝石みたいなつぶらな瞳をキラキラと輝かせた可愛らしいひつじであった。

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