老人と妖刀

「突進するいのししと、ヘンテコなおおかみか……」

 この屋敷の中には二体の死神が徘徊はいかいしていることが分かった。どちらの特性もまだ把握しきれてはいないが、脅威であることには変わりない。


 屋敷の中を探索して歩き、ようやくそれらしき書斎へと辿り着く。

 ──棚に積まれた本。

 ──窓からは、瓶を傾けた少女の像と噴水。

 ひかりが居るという部屋の特徴に一致していた。しかし、肝心のひかりの姿がそこにはない。

 僕はポケットから携帯電話を取り出して、ひかりを呼び出した。

 ──ワンコール。

 ──ツーコール。

 何度も呼び出し音が鳴ったが、電話口にひかりが出ることはなかった。

 耳を澄ませてみたが着信音も聴こえてこないので、ひかりは近くに居ないようだ。

 何やら胸騒ぎがした──。

 この緊急時に、呼び出し音に気が付かないことなどあるだろうか。

 だとすれば、それはひかりの身に危険が及んでいて、それどころではない状況に陥っていると考えられはしないか。

 ひかりの側にはおばあさん──梅宮が居るはずである。もしや、米飯の方が先に合流して、ひかりが酷い目に合わされているのではないかと僕は肝を冷やしたものだ。

 かと言って、ひかりと通話ができなくなった以上、ひかりの居場所を見付ける手立ては僕にはない。それこそ、闇雲に屋敷の中を捜すことくらいしかできない。

 ──僕は意を決して、メイドから憑依状態を解除した。人捜しをするには、壁抜けができる霊体の方が効率良く動けるだろうと考えた。

 憑依を解除したことで、あることに気が付いた。

 メイド姿で狼に刻印された『3』の数字は、僕の胸部に刻まれていた。憑依状態が解けて、ポーッと呆けているメイドの体にはその刻印はついていない。

 どうやら、この数字は霊体である僕に対して刻印されたもので、憑依しようが解除しようが付き纏ってくるものらしい。

 そんな得体の知れない刻印のことも気掛かりであったが、今はひかりを見付けることが先決で、他事にかまけている場合ではない。

 壁や扉を抜けつつ、僕は部屋を一つ一つ見て回った。ひかり本人に出会えれば御の字であるが、先に米飯か梅宮でも見付ければ、とっちめてひかりの居場所を吐かせてやろうと考えていた。


「見付けたぜ。あんちゃん」

 どうやら、先に見付かったのは僕だったようだ。

 ある部屋に足を踏み入れると、背後で扉が開いた。

 振り向くと、鬼の様な形相をした米飯が仁王立ちをしてこちらを睨み付けていた。

「動くなって言ったはずだったがねぇ。随分と手間を掛けさせてくれるじゃねぇか!」

 そう吠える米飯の腹部に、自然と目が行った。

「その数字は……」

 米飯の腹部にも数字が刻まれていた。それは『1』であった。

「あんちゃんのせいで、変な化物野郎に出会しちまってな。……まぁ、格好は悪いが、この数字自体には何の効力もねぇみてぇだな」

 米飯は『1』で、僕は『3』──。果たして、この数字に何の意味があるというのか。

 米飯は僕の刻印を指差しながら苦笑してきた。

「なんだい。あんちゃんもやられちまったみたいだなぁ。お互い、不様なもんだねぇ」

 それよりも、僕には米飯に確かめなければならないことがあった。

 話の流れをぶった切って、僕は米飯に尋ねた。

「ひかりを何処にやったんですか?」

「光だぁ?」

 僕の問いに、老人は首を傾げる。

「ひかり……僕の連れの女の子ですよ。門のところで会ったでしょう!」

「……ああ、あの嬢ちゃんかい」

 ようやく合点がいったようで、米飯は頷く。

「嬢ちゃんなら、ばあさんが丁重に持て成しているだろうさ。ちぃと、痛い目にはあっているかもしれないがなぁ」

「痛い目に、だって?」

 せせら笑う米飯に対して、僕は怒りの感情を抱いたものだ。

「何処に居るんだ!?」

 米飯を睨み付けて、僕は声を荒げた。

 しかし、僕の叱責にも米飯に動じた様子はなく、代わりに鼻を鳴らしてきた。

「嬢ちゃんが何処にいようと、あんちゃんには関係ないさ。……どの道、あんちゃんには、此処で退場してもらうんだからなぁ」

 言うが早いか、米飯は腰に携えた刀を鞘から抜いた。

「あんちゃん。コイツを知っているかい? 巷でも有名な刀って奴なんだがね。なんでも、妖刀らしいんだ」

 米飯が刃先を向けながら自慢気に語ってきた。その業界では有名な業物なのかもしれないが、残念ながら素人の僕が耳にしたことはないのでその凄さに共感はできなかった。

「こいつはねぇ……霊体をも切れるという逸品さ。その切れ味は凄まじいらしいんだよ」

 腰を低く、米飯は刀を上段に構えた。いつでも切りかかって来そうな体勢である。

 しかし、米飯のお喋りは止まらない。

「死神からの護身用に調達したんだがね。まったくあの武器屋の奴、随分と高い金をせびって来やがって……馬鹿にしているとしか言えねぇや」

 その護身用の妖刀を買った資金も、園田が築き上げてきた財産から支払ったものなのだろう。

 やりたい放題、他人の財産に寄生している米飯に、僕は怒りを覚えたものである。

「貴方はそうやって、人のお金で好き放題にやって来たという訳ですか!」

「囀るなよ、あんちゃん!」

 僕の必死の叫びも、米飯にすんなりと一蹴されてしまう。

「状況が分かってねぇのかい、あんちゃん。俺がただコレクションを見せ付ける為に、この妖刀を持ち出して来た訳がねぇだろうが」

 米飯の言葉の意図を察して僕は息を呑んだ。

 ──米飯から殺気が漂ってきた。僕を切るために、その刀を持ち出してきたということなのだろう。


 米飯が一気に間合いを詰めてきたかと思えば、刀を振り下ろしてきた。

 身構えていたこともあり、僕は横に跳んでその太刀を躱す。

 床を転がった僕を見下ろしながら米飯は独りごちる。

「ピーピーと、よく吠えるが……。俺ぁ、そういう奴が一番嫌いなんだよ。……それこそ、この世から消しちまいたい程にね!」

 再び刀を振り上げた米飯が、僕に向かって突っ込んで来た。

 米飯から繰り出される斬撃を、僕は右へ左へと体を捻って避ける。

 ──確かに妖刀は立派な代物なのかもしれないが、それを扱う米飯の刀捌きがたいしたものではなかった。

 しっかりと見ていれば僕にでも躱すことは容易であった。

「うりゃぁあっ!」

 息を切らしながらも雄叫び、飛び込んできた米飯を僕は横に跳んで躱した。すると、刀は空を切ってそのまま壁板に突き刺さった。

「ちぃっ! ちょこまかと小賢しいね。あんちゃん」

 米飯が舌打ちをしながら刀を引き抜こうと躍起になる。

 僕はその隙に壁を透過して廊下に出た。

 振り向いて身構えるが、米飯はすぐには追って来なかった。相当に手間取っているらしい。

 逃げるなら、今である──。

 部屋をいくつか壁を抜けながら進んでいくと、米飯の気配が消えた。

 扉を透過し、頭だけ廊下に出して表の様子を伺う。やはり、周りに米飯の姿はない。

 どうやらまいたようだ。


 通り掛かったメイドの体に、僕はすれ違いざまに飛び移るかのように憑依した。

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