病院の中でこんばんは

 山田と別れて病院内を出口に向かって歩きながら、僕は途方に暮れたものだ。

 真実を知れたのは良いが、それを知ったショックも大きかった。

——これから幽霊である僕は、日々をどうやって過ごしていけば良いのだろう。

 正直なところ、飲み食いをしなくても脱水や餓死することはないので、その点に関しては生きていた頃よりも不便はない。衣食住が不要になったので、かなり自由を持て余すことになりそうだ。生きていくためにお金を稼ぐ必要がないので、学校に行って勉強する必要も仕事に就いて働く必要もない。

 しかし、このまま幽霊暮らしを続けるにしても、いくつか考えておかなければならないことがある。


 先ずは、例の死神たちについてだ。

 恐らく、夜の間にしか襲って来ないであろう、あの恐ろしい魑魅魍魎たち──。

 どうやら人間に憑依している間は手出しができないようだが、憑依状態は一定時間で自動的に切れてしまう。早い時もあれば遅い時もある。目くらましができたとしても僅かな時間に過ぎず、こちらで制御をすることもできない。

——鬼門流ひかりのように、厳しい修行を積んだ者であれば長いこと憑依状態を維持できるようだが、そんな人間が町中をウロウロしているとは思えない。

 かと言って、他に何かしらの撃退方法があるわけでもない。常に命懸けの状態で、あの恐ろしい死神たちに対して色々と試してみる気にもなれなかった。

 今後、どうやってあの死神たちの魔の手から逃れていけば良いのか。


 それから、生き返る方法を模索したいところである。

 山田はああ言っていたが、まだ僕の遺体がきちんと見付かったわけではない。もしかしたら——その可能性は極めて低いが——誰かが遺体を持ち出して、治療を施してくれているかもしれない。

 例え遺体がなかったとしても、何かしら生き返る方法はないものだろうか。


 千枝や家族のことも気掛かりである——。

 意外と考えることは多かった。


 そうして考えながら歩いている内に、一階のロビーに辿り着いた。窓の外に写る景色は闇に覆われている。——もう夜を迎えていた。

 ふと僕は足を止めて凍り付いた。無意識に、ロビーの片隅に設置されている自動の会計機に目がいった。そこから何か違和感のある突起物が出ていた。

 凝視してそれを確認すると──仮面だった。

「うわぁあぁああっ!?」

 驚きの余り、僕は反射的に後ろに仰け反った。以前の記憶が脳裏にフラッシュバックする。

 笑顔の仮面──それは民家で対峙した死神の一種である。


 僕がバランスを崩して尻餅をついたのと、笑顔の仮面が半透明のウネウネとした触手を伸ばしてきたのとはほぼ同時であった。

 混乱して無防備な僕の鼻先で、仮面の触手はピタリと止まる。

 仮面には可動範囲がある。どうやら不幸中の幸い、尻餅をついたことでその範囲外に出たようだ。もうちょい頑張れば触手も届きそうなものだが、仮面の諦めは早く、すぐに触手を引っ込めた。

 そして、仮面は会計機の中に取り込まれるように消えていった。

「どこへいった!?」

 仮面が視界から消えたことで、僕は不安にかられてしまう。

 周囲を警戒していると、背後の自動販売機に笑顔の仮面が貼り付いているのを発見する。より僕との距離が近い、その場所へと移ったのだろう。

 僕は駆け出した。

 自動販売機に移動した仮面が触手を伸ばしてきたが、もうその場所には僕はいない。

 間一髪で逃げられた。──いや、仮面はまたそこから姿を消して、僕を追ってきた。


 どこから出現してくるかもわからない——そんな仮面から逃れるために、僕は病院内をがむしゃらに走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る