6.山頂の決戦①


『俺ヲ騙シタナア……』


 地の底から響くような声を発し、魔皇アルフは僕たちを睨みつける。その双眸は、他の魔皇と同じく深紅の色をしていた。

 生娘にありつけると喜んでいたのに、その少女にまんまと逃げだされた上勇者までやって来たのだから、奴が怒り心頭なのも当然のことだな。

 ざまあみろと言ってやりたいところだが。


『マア良イ……貴様ラ二人トモ食イ尽クスダケダ……』


 再び醜悪な笑みを浮かべると、アルフは戦闘態勢に入った。


「魔皇アルフ。動きは鈍いけど、攻撃が激しいから気を付けて」

「分かった!」


 ナギちゃんは、こんな強大な敵相手にさっきまで一人で戦っていたのだ。一瞬でやられなかったのが奇跡と思えるくらいだった。

 それに、さっきのは……。


「ナギちゃんって、弓術士だよね?」

「そーだよ。どしたの、作戦会議?」

「いや、さっきどうやって手の中から抜け出したんだろうって」

「ヒミツ」


 ……何となく言われるんじゃないかと思った。


「ま、それもそのうち」

「はは……気になるから、さっさと勝たなくちゃ、な!」


 尻尾から数本の棘が発射され、僕たちのところへ飛んできた。お喋りしている暇はないようだ。僕たちは左右に散る。

 棘の一つ一つにスキルが付与されているのだろう、地面に衝突したその棘は、固い石材に突き刺さってヒビを生じさせる。おまけに棘は抜けても超速再生するようで、乱射されたら非常に危険そうだった。


「基本は棘を撃ってくるけど、腕にも気を付けて!」

「分かった!」


 恐らく、ナギちゃんは棘を避け続けていたところを掴まれてしまったのだろう。その失敗を無駄にしてはいけないな。


「――交破斬!」


 正面から飛んでくる棘に向かって斬撃を放ち、相殺する。しかしその間に右側からも棘が迫っていた。


「――ふっ!」


 体勢を変え、真っ直ぐ剣を振り下ろした。スキル無しでは腕が痺れるほどに重く感じる。まともには食らえないな。

 棘は空中で軌道を変えているようだ。街の中で魔物を倒していたときにオーガストさんからそのテクニックは教わっていたが、魔皇アルフも普通にそれが使えるとは。もしも教わっていなかったら、しばらく戸惑っていた気がする。


「よっと――ビッグバスター」


 コンパクトなクロスボウを引き絞ると、そこから極太のレーザーが放たれる。大量の魔力を込め、それをレーザー状にして撃ち込む弓術士の第八スキルだ。しかし、口調も軽いし武器も小さいのに、あんなに大きいレーザーになるとはお見逸れした。

 レーザーは軌道上を飛んでいた棘を全て焼却し、アルフの胴体を直撃する。衝撃音とともに、ジュウウ、と焼けるような音もしたのだが、レーザーが消えてから当たったところを見てみても、少しばかり黒ずんでいるだけでほとんどダメージはなさそうだった。


「ちぇっ、やっぱ硬いなー」

「あんな大技でも通らないのか……」


 あの深緑色をした鱗は相当の強度を誇っているようだ。ひょっとしたら、物理的な攻撃そのものがほとんど通らない可能性もあるな。

 試しに、武術士の破壊用スキルを使ってみる。棘と腕を掻い潜り、鱗のある脚部に四の型・砕を叩き込んだ。


 ――ギィン!


 手甲が鱗にぶつかり火花を散らす。……これじゃまるで鋼鉄を殴っているみたいだ。砕くどころかヒビ一つ入りやしない。


「いてて……」

「何か思いつかない? トウマ」

「むしろ、僕はアルフのことあんまり知らないし、ナギちゃんは何か情報持ってたりしないかな?」

「情報ねー」


 攻撃を難なく躱しつつ、ナギちゃんは腕組みしながら考える。そしてふいに指をパチンと鳴らして、


「まあ、魔皇は基本的に光属性が弱点だよね」

「あー……そうだね」


 その基本を忘れていた。僕自身は物理攻撃が多いから、属性とかは考えないんだよなあ。セリアも積極的に考えてるわけではなさそうだし。脳筋コンビって感じだ。


「魔法も結構使えるんだよね」

「能力値的には頼りないけどね、一応十番目までは」

「ひえー、具体的に聞くと凄いな」


 そうは言うが、何だかあまり驚いていなさそうだ。勇者が色んなスキルを使えると言う話は広まっているようだが、ナギちゃんは理由とか気になったりしないのかな。


「……やってみるか」


 武器を杖に変形させる。自分だけしか魔法攻撃できないとは。セリアの不在が非常に痛い。

 彼女ほど強力な光を放てるわけではないけれど――せめて少しくらいは効いてくれ。


「――サンライズ!」


 光属性の準上級魔法。魔皇戦などで何度も役に立ってくれた魔法だ。セリアと一緒に発動させたこともあったが、今は僕一人。どれだけの威力が発揮できるだろうか。


『オオォ……!』


 アルフが呻き声を上げて、両手で顔を覆った。隙だらけではあるが、物理的な攻撃は効かないので手は出せない。問題は魔法の効果だ。

 眩い光によって、アルフの皮膚は黒煙を上げてジリジリと焼けている。剥がれたり爛れたりまではしていないが、少なくともナギちゃんのビッグバスター以上のダメージは与えられているようだった。


『小癪ナ……』


 光が消え、手を下ろしたアルフは怒りに満ちた表情をしていた。ふと気が付けば、鱗状の皮膚もまた少しずつではあるが再生を始めている。元通りになるのは棘だけではない、ということなのか。厄介だ。


「内側まで届くダメージを与えていけないとダメだね」

「何とか連携してみるっきゃないか」


 ナギちゃんは、面倒臭いなという風に溜息を吐く。魔皇戦の最中だというのに、この子はブレないなあ。


「隙を作るから、もっかいよろしく」

「お願い!」


 ナギちゃんはすまし顔で壁を蹴って上り、くるりと回転しながら矢を放つ。


「――マインショット」


 撃ち込まれた複数の矢は、防ごうとしたアルフの腕に当たって爆発し、煙を生じさせた。


「――サンライズ!」


 煙の立ち込める中、再び光魔法を発動する。その陽光が煙を吹き飛ばし、アルフは痛そうに顔を押さえながら呻き声を上げた。

 皮膚も焼けている。


「よし――スナイピング」


 まだ宙に浮いたままのナギちゃんが、その体勢でスナイピングを放った。正確に狙いを定めなければならないため、かなりの集中力を要するスキルだと言うのに、普通に矢を撃つように発動しているのには驚かされた。

 彼女、相当高ランクだぞ……絶対に。

 美しい一本の線を描き、矢は黒く焼けたアルフの皮膚にぶち当たる。ギャリギャリと金属が削れるような音が遺跡内に響き渡ったが、やがてキン、と高い音がして矢は弾かれてしまった。

 アルフの体に僅かに穴を開けることはできたものの、その部分はやはりじわじわと塞がっていく。


『グウゥ……』

「ダメージはあるけど、長期戦って流れだなあ」


 僕がダメージソースになれていない現状だと、ナギちゃんの言うように長期化するのはほぼ確実だ。魔皇よりも僕たちの方が体力や魔力は少ないだろうし、長引けば長引くほど勝利から遠のいてしまう不安もある。


「そりゃ勇者が攻撃できなきゃダメだよね」


 ナギちゃんが呟く。それからしばらくううんと唸っていたかと思うと、


「あ。……簡単なことだった」


 と、また指をパチリと鳴らした。


「攻撃に魔法を付与したらいいんだよね」

「あ――エンチャント?」

「正解。ま、物理攻撃なのには変わりないからどれだけ効くかはやってみてのお楽しみだけど」


 やってみる価値は十分にある。確か、ミレアさんはエンチャントしたい武器に杖をくっ付けて魔法を発動していたが……自分の武器に付与するとしたら、手でやるしかなさそうだな。

 ミレアさんが付与していたのは初級魔法だったはず。きっとその方が楽に付与できるのだろう。ただ、アルフに対しては初級程度じゃ効果は薄そうだ。


「――サンライズ」


 ここはさっきと同じ光魔法でと、準上級のスキル付与に挑戦する。こうすれば良さそうだ、という感覚は何となくあるものの、上手くいくかどうか。


「……お」


 魔力を注いだ瞬間から、ヴァリアブルウェポンが眩い光を放ち始めた。強力な魔力が武器に宿ったのを感じる。……問題なくいけそうだ。


「おー、さっすが勇者サマ。ボクにもちょうだい」

「はいはい」


 お菓子かお小遣いをねだる子どもみたいな言い方だなあ、と思いつつ、アルフの棘攻撃を掻い潜ってナギちゃんのところまで向かった僕は、彼女のクロスボウにサンライズを付与する。


「中々魔力も強いじゃない。一ヶ月でここまでだったら凄いよ」

「あ、ありがと」


 皮肉無しに褒められると戸惑うな。ナギちゃんもこんな風に、急に褒められたときにはドギマギしてるんだろうけど。


『餓鬼ドモガ動キ回リヨッテ……』


 アルフが初めて、棘と腕以外で攻撃してきた。長い尻尾の一本をこちらに叩きつけてきたのだ。僕たちは慌てて躱すが、叩きつけた尻尾から突然棘が発射される。隙を生じぬ二段構えというやつか。


「――流水刃」


 速過ぎて避けるのは不可能と判断し、剣で受け流す。高威力なため、それだけでも腕が痺れそうだったが、何とか全ての棘を逸らすことができた。


「……行くぞ」


 剣に換装し、深く腰を下ろして走り出す。こちらを狙う棘は、全てナギちゃんが撃墜してくれた。


「食らえ――剛牙穿!」


 全力で剣を突き出し、隙だらけなアルフの腹部に強烈な一撃をお見舞いした。光を纏う剣は、鱗を焼けただれさせながら抉っていき、深く深く突き刺さった。


『グオオオオッ!』


 貫通まではいかなかったが、力いっぱいの刺突はアルフに大ダメージを与えることができたようだ。皮膚は修復されても、傷ついた内臓と噴き出た血までは戻らないはず。

 ……これでようやく、普通に戦える段階になった。


「さて、それじゃ仕切り直しといきますか」

「うん。どんどん行こう、ナギちゃん!」


 二人で声を掛け合い、光に満ちた武器を握りしめる。

 魔皇アルフ。この光で必ずお前を焼却してみせる――。

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