3.グランウェールの兵たち

「しっかし、勇者の剣が抜けんかったって言うんは信じられんなあ。勇者だけが持てる最強の武器って感じやのに」

「自分でも信じられないですよ。あのときは悔しかったし、今でも剣があったらなあって思います」


 詰所の方へ向かう廊下を歩きながら、僕たちはニーナさんと話をしていた。彼女は本当に喋り好きなようで、ここに来るまでの間で沈黙は一度もなかった。最初は距離感に戸惑ったが、慣れてしまうと楽しい人だな、と思えてくる。


「背負ってるんは、イストミアの町長さんから貰った剣やって言うてたけど、ずっとその剣でやってきたん?」

「まあ。出発祝いにくれた物ですし、中々手放せなくって。鍛冶屋に行けばもっといい剣は沢山あるんでしょうけどね」

「せやなあ。思い入れも大事やけど、勇者として戦うんなら、強い装備は必要になってくるやろうね。グランウェールに来たくらいで、一度考えてみるのもええんちゃうかな」

「そうしてみます。きっと品揃え、凄いでしょうし」

「そりゃもう、王都やからねー」


 ニッと笑いながら、ニーナさんは自慢げに言った。彼女の朗らかな性格ゆえだろう、言葉に嫌味が無い。……王都か。リバンティア最大の都市は、一体どれほどの規模を誇っていることやら。


「そう言えば、僕やセリアと違ってニーナさんはパッと見た感じ武器を持ってないみたいですけど……何を使うんです?」

「ああ、ウチは魔術士なんやけど、杖とか本とかは相性悪くてなあ。この腕にしてるヤツ、分かる? 水晶のブレスレット。これを魔法の触媒にしてるんよ」

「へえ……要はこれがニーナさんの武器ってわけなんですねー」


 セリアも魔術士なので、ブレスレットには興味を抱いたようだ。ニーナさんはあっさりそれを腕から外して、セリアに渡してくれる。


「凄い……ただ綺麗なだけじゃなくって、魔力を感じる」

「自分に合った装備ってのは大事やからね。水晶は一級品を使わしてもらってる。普通はボール大の水晶玉を触媒にするもんやけど、ウチは特殊かなあ」

「でも、オシャレでもありますよね。いいなー」

「セリアちゃんも武器変えてみたら……って、従士には封魔の杖ってのがあるんやったっけ」

「そうなんですよ。必ずこれを使わないといけなくって。杖に選ばれちゃってるわけですし」

「なるほどなあ……制限されてるわけや」


 勇者と従士は必ず勇者の剣と封魔の杖を武器とする。そのルールから外れている僕は、大きなデメリットもあるが、それと同時に自由度の高さというメリットも持っている。コレクトによって多種類のスキルを所有していることもあるし、そのうち自分に合った武器を追求してみるのは良い案だな。

 話しているうちに、詰所の前までやって来た。ニーナさんは前置きもなしにガチャリと扉を開け、中へ入る。それからこちらを見て、小さく手招きしてくるので、僕たちも恐る恐る続いた。


「お疲れ様です、ニーナさん」

「どもども、視察に来たよー」


 コーヒーカップを片手に談笑していた男性二人が、ニーナさんに挨拶をする。他にも数人、兵士の姿はあったけれど、みんなピリピリした感じではなさそうだ。厳しい規律のある、怖いところを想像していた僕は、拍子抜けしてしまった。和やかな場所だ。

 マイペースに書類整理をしている人がいれば、何やら図面を引いている人もいる。武器の手入れをしている人もいるし、風にあたってボンヤリしている人までいた。多分、橋の向こうにあるコーストン側の詰所は、こんな自由な雰囲気ではないだろう。そう……心に余裕がある、そんな風に思えた。


「前回の視察から、特に変わったこととかない? 施設の老朽化とか、改善の要望とかも言ってなー」

「そうは言ってくれますが、ここは十年前に改修もされてますし、通信機で王都に連絡を入れればどんなことでも早急に手配してくれますしね。この視察で要望が出ることはほぼないですよ」

「あは、まあそれもそうやな」


 ニーナさんは兵士たちからかなり慕われているようだ。まあ、好かれやすいタイプだよな。良い意味で上下関係を感じさせないというか。


「職務時間も変わりなしで、訓練の内容とかも同じやね。じゃあ特に言うこともないなあ」

「はい。毎日しっかりやらせてもらってます」

「良いチームワークで助かるわ。その調子でなー」

「了解です!」


 その場にいた全員が、笑顔のままニーナさんに敬礼する。彼女の言う通り、良いチームワークだ。


「ところでニーナさん、そちらの方々は」

「いやー、偶然ブリッジの上で出くわしたんやけど、この二人、勇者と従士なんやて。ここで一泊していくって聞いたから、是非紹介でもしとこう思てな」

「ど、どうも。トウマ=アサギと言います」

「セリア=ウェンディです。よろしくですー」


 僕たちが名乗ると、兵士さんたちはよろしくとにこやかに返してくれる。


「今、グランウェールでも魔皇出現による影響は出ています。騎士団がしっかり機能できているので、王都を中心にした周辺地域でなら大きな問題はないんですが」

「端っこの村とかまでは中々手が伸びんというか、状況も分からんかったりするからなあ。早いとこ元を断ちたいわけやけど」

「けど?」

「まあ、グランウェールにもグランウェールなりの事情があるというかな。そこらへんはコーストンと同じなんよ」


 これまでの印象では、生活の質も高くて住みよい国という感じだったのだが、そこはやはり、裏事情というものがあるらしい。外から見ただけでは分からないことなんて、いくらでもあるのだ。

 ニーナさんの言う事情とは、具体的にどのようなものなのだろう。知りたいとは思ったが、彼女はそれ以上突っ込んだ話をしなかった。


「ところで。……今日の宿泊客でおかしな人とかは特におらんかな」

「はあ。特には……ああ、トウマさんくらいの若い旅行者ならいましたけど。若いってことくらいですかね」

「身分証は?」

「特筆するところもないコーストン人ですね。ジム=リッジという男です」

「そかそか。まあ後でもええかな」


 コーストンと聞いて、レオさんも滞在しているのだろうかと一瞬思ったが、違う人のようだ。レオさんはとうに橋を過ぎたか、別のルートを進んでいるのだろう。


「うん、とりあえずこれで視察は終わりかな。あっさりしてる思うかもしれんけど、こんなもんよ。えーっと、自浄作用って言うの? ちゃんとあるからな、騎士団は」

「あはは……そういうのがはっきり言えるところが凄いです」

「自国のことをあんまり悪く言うのもアレだけど、見習ってほしいわ……」

「おっと、セリアちゃん。情報漏洩になるかもしれんから、言わん方がええで。気持ちは分かるけどな」

「あ。じゃあ聞かなかったことに」


 セリアとニーナさんは面白おかしく笑う。この二人、気が合うんだろうな。


「まあ、コーストンは同盟国。有事の際は兵を派遣することになってるけど。二人が魔皇を倒してくれたし、大きな問題は起きんやろう」

「だといいですけどねー。せっかく頑張ったんですし、平和になってほしいです」

「せやなあ。ホンマにお疲れ様」

「ふふ、ありがとうございます」


 ニーナさんはセリアに労いの言葉をかけると、きょろきょろと周りを見回してから、奥にある扉を開いた。その先は訓練場のようで、広いスペースがとられていた。床には正方形にラインが引かれ、壁には剣や斧などの練習用武器が掛けられている。兵士たちは日頃の鍛錬に、ここで武器を取り練習試合を繰り返しているようだ。

 また、ニーナさんが手招きしてくるので、僕たちは訓練場に入らせてもらう。体を動かす場所なので、やはり一番部屋面積は大きい。若干、人数の割りに詰所そのものが小さい感じがするので、ここを休憩場所なんかに使う兵もいそうだな。


「さてさて。一目で分かる思うけど、ここで兵士たちがトレーニングしてるわけやな。……で。丁度ええから、二人とも練習試合していけへん?」

「……はい?」

「れんしゅうじあい」


 いや、まあゆっくり繰り返さなくても聞こえてはいたんですが。

 まさか、そんなことを提案されるとは思っていなかった。グランウェールの兵士さんと、手合わせか。セレスタさんのときもそうだったが、自分の力量を知る上で対人戦は有意義なものだ。比較的軽いトレーニングという感じだし、ニーナさんの希望であるなら断る理由もない。


「やってみる?」

「ええ、私は大丈夫よ」


 セリアも特に異存はないようだ。僕たちはニーナさんの申出を受けることにした。


「よっしゃ。そう言うてくれると思うてたで。たまにはこういうことがないと、経験にならんからな、ありがたい。……そしたら、みんな呼んでくるからちょっと待っててな」


 ニーナさんはそう言って、訓練場からするりと出て行った。すぐに帰ってくるものかと思ったが、それから五分ほど待たされることになった。ちょっと遅いなと思ったころ、ようやくニーナさんは戻ってくる。そしてその後ろには……ずらりと大勢の兵たちが並んでいた。


「連れてきたでー、警備してる兵以外全員、ざっと二十人ってとこやな」

「そ、そんなに!?」


 その人数に驚いて、セリアが思わず声を上げる。僕も、二人か多くても四人ほどだと考えていたのだが、想定の五倍の人数が集まってしまった。これは、ニーナさんを、というかここの人たちを甘く見ていたかもしれない。


「一試合は二対二で、合計十戦できるな。ちょっときついかもしれんけど、そこは勇者様、期待してるで」

「……が、頑張らせてもらいます!」


 訓練用の武器を手に、目の前に立ちはだかる二人の兵士。こうなったら腹を括るしかない。

 ニーナさんの合図で、練習試合は始まった。初戦の相手が持つのはそれぞれ剣と杖だ。即興で決まった訓練だが、前衛後衛とバランスのとれた二人組を作れているように思える。

 前衛の兵士が両手で剣を握り、向かってくる。その速度が途中で急に上がり、僕とセリアは慌てて逃げる。後衛は愈術士で、補助魔法をかけたというわけか。


「――ダークネス!」


 セリアが闇魔法を発動させる。相手の視界が奪われているうちに、僕は自身に補助魔法をかけ、力とスピードを上昇させた。こういうバフは最早テンプレ化している。

 闇魔法の効力が解けない内にと僕は前衛の兵士目掛け走る。勢いよく剣を振り下ろすが、それは見事に防御された。気づけば兵士の周囲には光の粒子みたいなものが舞っている。これは状態異常の回復魔法だ。剣での反撃を受け、僕は後方に飛び退く。


「――スパークル!」


 そこでセリアが、後衛の愈術士に魔法を放った。回復魔法を使った直後の兵士は上手くかわすことが出来ず、雷が直撃して痛みに身悶え、膝をついた。威力は若干セーブしていそうだが、魔法の直撃はかなり痛そうだ。

 僕も負けてはいられないと、斬鬼を発動させてオーラを剣に纏わせる。その状態のまま連続でスキルを発動させ、兵士を圧倒した。


「――剛牙穿!」


 最後の突きで、相手の剣が破壊され、兵士が吹っ飛んだ。壁にぶつかってずるずると崩れ落ちる。……これで試合終了、だ。


「いやー、大した剣さばきやなあ。魔法もあれで弱めにしてくれてるんやし、やっぱり流石の強さやわ」

「は、はい……どうも」


 初戦だったので、一気に攻めて短時間で勝つことが出来たが、次からはそんなに甘くないだろう。……息を整えている内に、もう次の兵士が準備を終わらせて位置についている。


「んじゃ次、ファイトやでー」


 ……訓練に関しては、割と鬼教官だな、ニーナさん。というか、ひょっとするとこれが普通のレベルだと考えているのかもしれないが、それはそれで次元の違う恐ろしい人ということだ。

 ほとんど休む間も無く、第二試合が始められた。僕とセリアは若干ヤケになりながら、次の兵士たちに向かって行くのだった。

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