2.国の狭間で
「わー、すっごーい!」
何処までも広がる青。太陽の光をキラキラと反射させながら、たゆたう青。ここから見る海はとても美しく、広大で、自分たちのちっぽけさを知らしめてくれる。
コーストンとグランウェールを繋ぐこのグランドブリッジの上。僕たちは欄干に手をかけながら、果てしもない海を眺めているのだった。
「私、ずっとイストミアを離れたことがなくって、書籍とかに書かれてる景色がどんなものなんだろうなーって、ずっと興味があったんだ。海って、こんなに途方もないものなのね……」
「うん。僕も元の世界では、こんなに綺麗な海なんて見たことないから……ちょっと、感動しちゃってるな」
こういう景色もファンタジーらしい。僕のいた世界ではもう見ることが出来ないような、澄んだ風景。忘れ去られたはずのものがそこにある、といった感じだ。
海を眺めていれば、嫌なことなど忘れられる。そんなことを言う人をテレビで見たことがあったが、あながち間違いではないようだな。
「……さて。ぼーっとするのもいいけど、潮風を受け続けてたら風邪引いちゃうかも。そろそろグランウェールの検問所まで歩こうか」
「りょーかい。行きますか」
欄干から離れて、僕たちは真っ直ぐに歩き始める。どこまでも続いていきそうな、長い橋を。
「んー、どこからが国境なんだろ?」
「そっか、この間に国境があるんだよね。……そういうのって流石に明示してなきゃいけなさそうだし、目印があるんじゃない?」
僕が言ったとき、偶然にもその目印が前方に見えた。橋を横切るように太い赤色のラインが引かれ、ちょうどその上に取り付けられた看板には、北がコーストン、南がグランウェールだと示されている。
「ふむふむ。じゃあ、この赤いラインを越えたらグランウェールなんだ」
「だね。何でもないことだけど、少しドキドキする」
「ねー。ジャンプして越えちゃおうっと」
そう笑って、セリアはラインの手前まで行くと、ひょいと飛び跳ねて向こう側へ。ちょっとだけ、僕も真似したくはなったのだが、そこは理性を保ってゆっくり歩き、国境を踏み越えた。
「ふふ、クールね」
「いや、そういうわけでも」
セリアを見ていると、逆に落ち着いて考えられるというか。まあ、それを言うと怒られそうだから言わないが。
「あら、楽しそうやね?」
二人であれこれ言っているところに、女の人の声が飛んできた。グランウェール側から、誰かが来ていたらしい。セリアがジャンプしていたときは見えなかったから、今しがた歩いてきたところなのだろう。もうちょっとタイミングが悪かったら、セリアは顔を真っ赤にしていただろうな。
「国境の橋でデートなんて、中々ロマンチックなことするなあ」
「あ、ええと……」
デートじゃないですよ、と否定しようとしたが、女性の姿が目に入ったとき、思わず言葉が詰まった。僕たちと同じ旅人だと想像していたのに、その人は見るからに戦闘用の衣装を身に纏っていたからだ。
「こんにちは。その……貴女は?」
「こんにちはー。ウチはニーナ=リゼッタ。コーストンから来た人やったら知らんかもしれんけど、グランウェールの騎士団に所属してるんよ」
グランウェールの騎士団。しかもその立ち居振る舞いからして、決して下っ端ではない。この人――ニーナさんは、きっと幹部クラスの騎士だ。
……しかし、異世界だから本当は違う言葉遣いなんだろうけど、関西弁とは。どちらかと言えばそちらの方が驚きだ。
年は二十代半ば。淡いクリーム色の髪は短めにまとめられていて、前髪は細めのヘアバンドで上げている。白を基調にした衣装は騎士団の制服らしく、その上から肩当て付きのマントを羽織っているようだ。腕には水晶を連ねたブレスレットをしているのが見えた。
「はえー、騎士団……」
「は、初めまして。僕たち、実は勇者とその従士で……僕はトウマ、こっちはセリアです。子どもっぽいから信じられないかもしれませんけど、ほら。コーストンの勲章も貰ってます」
「あ、勇者さんやったん? おー、これは間違いなくコーストン公国の勲章やな。なるほど、ついこの間勇者が誕生して旅立ったっていうのは聞いてたけど、もうこんなとこまで来てたんかあ」
ニーナさんは、言いながら自分で何度も頷いている。こういうタイプの人は、一人でも賑やかそうなイメージだ。多分彼女も例に漏れず、といったところだろう。
「それにしても、グランウェールの騎士さんがどうしてここへ?」
「ああ、そうそう。このグランドブリッジには定期的に隊長クラスが視察に来んとあかんから、今回はウチが派遣されてきたってわけ。毎回特に何事もなく終わるし、やることもないからブラブラしてたんよ」
「はあ……。あれ、隊長?」
「はは、一応そういうことになってるなあ」
一応って。この人……騎士団の隊長を務めるほどの重要人物だったのか。流石にそれは一番のインパクトだ。
ニーナ=リゼッタ、グランウェール騎士団の隊長……か。覚えておかなければ。
「ところでお二人さん、今日はこのまま施設内の宿で泊まるん?」
「はい、そのつもりですけど」
「ふむふむ。それやったら、宿とった後でしばらくウチに付き合ってくれんかな?」
「ニーナさんに?」
「そうそう、色々点検せなあかんけど、そのついでに橋の案内しつつ、トウマくんらの冒険譚でも聞かせてほしいなーって」
「は、はあ」
ううむ、やっぱりグイグイ来る系だなあ。昔の僕ならここまでのやり取りでも音を上げていたかもしれない。でも、今ならそこまで苦でもない。耳寄りな情報を聞ける可能性もあるし、付き合ってみてもいいかと思うくらいだった。
「どうしよっか、セリア」
「いいんじゃない? どうせここでは一日泊まってくだけだったし、やることもないし」
「ん。……じゃあ、ニーナさんにご一緒させてもらいます」
「おー、ありがと。んじゃ、ウチは一旦コーストンの兵士さんと情報交換してくるから、一時間後くらいにそっちの宿前で待ち合わせで、ええかな?」
「了解です、じゃあ一時間後にまた」
「またなー」
笑顔で手を振って、ニーナさんは僕たちがきたコーストンへの道を、ゆっくりと歩いていった。……すごく気さくな人だけれど、あれで騎士団の隊長だから、滅茶苦茶強いんだろうなあ。
「……面白い人に会っちゃったわね」
「だね。まさかなあ、グランウェール騎士団の隊長さんとは」
「でも、今知り合えて良かったかも。いずれは魔皇との戦いで、力を借りることになりそうだしさ」
「コーストフォードでも、色んな人に協力してもらったしね。次の魔皇でも、きっとそうなると思う」
だから、初めて会った騎士団の人が彼女だったことは幸運だったのかもしれない。他の隊長たちがみんな堅物だったら、対応次第ではグランウェールで動きづらくなっていた可能性だってある。
「ま、とりあえず橋を渡り切って、向こうで宿をとろう」
「はーい」
ずっと風を受けていたので、少し寒くもなってきた。話はこのあたりにしておいて、僕たちは若干早足で、南へと歩を進めた。
辿り着いたグランウェール側の検問所は、さっき宿の女性が言っていた通り、コーストン側よりも一回り大きい建物だった。検問所や詰所としての役割よりも、旅人たちの休息所としての役割が大きな割合を占めているのは間違いない。入口あたりに案内図が貼り出されてあったが、騎士団の詰所は端の辺りに申し訳程度にあるだけで、他は旅人たちのためのスペースになっていた。
「なんか、ここだけでも生活の質が違いそうだなあって、思わされちゃうわ……」
「あはは……カルチャーショックってやつかな」
まだイストミアのような公都から離れた町は、質の高い生活が出来ていた気はするけれども。コーストフォードを出たばかりの今は、やはりグランウェールの方が良く映ってしまうか。
建物内にはさっきと違って何人もの人が談笑したり、行き交ったりしている。食堂もあるようで、どこからか肉の焼けるいい匂いが漂ってきていた。セリアもそれに気づいて、お腹を擦っている。
僕たちは案内図を頼りに宿の受付を探して、一泊予定で部屋をとった。ここには部屋が六室あるらしいが、既に五室埋まっていたのでギリギリセーフだった。陸路を使うなら、ここは必ず通る場所だし、泊まっていく人も当然多いよなあ。
長い廊下に、左右四室ずつ。僕たちはその一番奥の右側に泊まることとなる。荷物を背中から下ろして、ちょっとだけベッドに腰掛け足を休めてから、セリアの待ち望んでいた昼食をとるために、食堂へ向かった。
「うん、良い匂いだわー」
さっきも嗅いだ、肉の焼けるいい匂いに誘われるようにして、僕たちは食堂に着く。少し遅めだったので、そこまで席は埋まっていなかったが、それでも三人ほどは客の姿があった。
店員さんにオススメのメニューを聞くと、二種類あったので一つずつ注文する。十分ほど待つと料理が運ばれてきた。こういう場所だから質素なものかと早とちりしていたが、普通に豪勢かつ美味しそうな定食だったので、僕とセリアはお互いのおかずを交換しながら、料理に舌鼓を打った。
「いやー、食べた食べた」
「うん。セリアらしい、いい食べっぷりだった」
「らしいって何よ」
「あう」
ぺしりと叩かれる。傍から見たら夫婦漫才みたいかな、これ。
グラスに残っていた水を飲みながら、壁掛け時計に目をやる。時刻は午後二時を回っていて、もうそろそろニーナさんとの約束の時間だった。
「待ち合わせは宿屋の前だったね。もう行ける?」
「大丈夫よ。行きましょ」
席を立ち、勘定を済ませて食堂を出る。そして宿の前まで向かうと、そこにはもうニーナさんが待機してくれていた。
「お、来た来た。お昼食べてたんかな。ここの料理、結構いい味してるやろ?」
「お待たせしましたー。正直ご飯には期待してませんでしたけど、いい意味で裏切られましたよ」
「うんうん、味の分かる子は好きやで」
そう言って、ニーナさんはセリアの頭にポンポンと手を置く。スキンシップも気軽にする人だな。セリアは反応に困っている様子だ。
「そしたら、付いてきてもらおうかな。そんなに時間はかからんし、お堅い所に顔出すわけでもないから、気楽にな」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
「よろしくですー」
ニーナさんはニヤリと笑って、歩き始める。僕たちは大人しくその後に続いた。
貴重な経験ではあるが、はてさて。雑談だけで終わらずに、何か面白い話が聞けるかな。
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