9.魔皇討伐宣言式
コーストフォード大公城。式が始まる三十分前でも、既に沢山の住民が集まっていた。その数は数千人規模で、昔の僕だったら近くにいるだけで気分が悪くなって倒れていたんじゃないかというほどだった。
セリアも人の数にはかなり気圧されたようで、前の方に行くのは抵抗を感じたようだった。妥協案として、中間付近の右端にいるすることにして、僕たちは式が始まるまでの時間を待った。
「やっぱり早いな」
後ろから声がかかる。振り返るとそこには、レオさんの姿があった。
「あ、レオさん。すいません、迎えに行かなくて」
「いいっていいって。多分、ヒューさんのところでランクの確認をしてもらってたんだろう? 昨日は俺をギルドに連れて行ってくれたり、色々してたもんな」
「あはは、ご想像の通りです」
レオさんの強さはどのくらいなんだろう。ふと気になったので訊ねてみる。
「レオさんは、ヒューさんに解析してもらったんですか?」
「ああ。でも、ランクは三だった。まだまだ中級者とも呼べないランクさ」
「……レオさんでも、そんなランクなんですね」
イストミアで一緒に戦ったとき、まるでベテランのような戦いぶりだと思っていたものだが。それでも十段階ある内の三番目というのが、信じられなかった。僕のランク五というのは、相当高いんだな。
「お、三人揃ってるな。来たぜ」
「三人とも、こんにちはー」
次に来たのは、アーネストさんとミレアさんだ。二人仲良く、こちらへ向かって歩いてくる。僕らもすぐに挨拶を返した。
「いよいよ宣言式か。この三日間、やきもきしたぜ」
「アーネスト、仕事中もずっと難しい顔してるから、依頼主さんにすっごく心配されたんだー」
「そ、そうだったんですか……」
「だからいらんことを言うな」
この二人、心底仲良しなコンビだなあ。次に会う機会があったら、結婚でもしてそうな気がするんだけど。魔王を倒したら、確認に来てみようかな、なんて。
後から後から人は集まってきて、式が始まる直前にはもう、その数は一万人に達していそうだった。最初は頑張って整列させていた兵士たちも、次第に諦めだして、今では離れた所でぼうっと突っ立っている。まあ、これだけの数がいたら、制御なんて仕切れないだろう。
「……そろそろ開始だな」
アーネストさんが片目だけを開いて、城のバルコニー部分をキッと見た。ちょうどそのとき、鈍い音と共に扉が開いて、城内から何人かの人影が現れた。一、二、三、四……特別な衣装を身に纏った、四人の兵士だ。
「あれが、大公の守護を任されている四人の騎士……守護隊だ」
「守護隊……」
衣装だけが特別なわけではない。強者だけが持つ、只ならぬオーラというか、そういうものを彼らは確実に持っていた。
大公を守護するために選び抜かれた四人組……か。
四人は両翼に二人ずつという配置で待機する。僕たちの側から見て、左から順に、剣を持つ金髪の男、杖を持つ青髪の女、本を持つ赤髪の女、斧を持つ紫髪の男、という並びだ。
「アーネストさん、四人全員の紹介って出来ますか?」
「勿論。まずはあの剣術士が、エリオス=ライズナー。ライズナー家は古くから大公に仕えていて、必ず要職になっているんだ。ただ、そういうコネだけであの場所に立っているなんてことはない。実力は本物さ。
次に、杖を持っている魔術士の女の子がアルマ=カルラ。あの子はミレアが通っていた学校の先輩らしくてな、昔から魔術士としての才能は認められていた。貧困層の出身で、親に良い暮らしをさせたいから軍に入ったという話だ。健気だが、ミレア曰く少々天然なんだと。
反対側に移って、本を持ってる癒術士の女性がソフィ=セレストラ。初めて会ったときの夜に話した、守護隊長が死んだという事件の犠牲者が、彼女の姉なんだ。彼女は死んだ姉の意思を継いで、守護隊になった。だから、彼女だけは選ばれたんじゃあなくて、引き継いだというのが正しいんだな。
最後に、斧を持った男がドラン=バルザック。斧を武器にするなんて、体格の恵まれた奴に限ると俺は思ってるんだが、彼だけは例外だな。割かし細身のくせに、大きな斧を軽々扱うのを見たことがある。彼が一番の新顔でな、まだそれ以上の詳しい情報は知らないが、強いことだけは間違いないさ」
アーネストさんは、とても簡潔で分かりやすい説明をしてくれた。四人全員が厳しい試験をクリアして守護隊という役職に就いたものと思っていたが、色々と経緯があるらしい。特にソフィという癒術士の女性は、姉の死を乗り越えてあの場所に立っているわけだ。華奢な体つきではあるが、その心にある芯の強さを感じさせられた。
守護隊が勢揃いし、人々はしばらくざわめいていたが次第にそれは収束していく。そして、周囲が静かになったとき、やっとこの式の主役であり、この公都の主である男が、その姿を見せた。
ヴァレス=ド=リグウェール大公だ。
自身の偉大さを誇示するかのような、煌びやかな装い。しかし、太り気味の不摂生な体型には全く似合っておらず、滑稽さすら感じられる。やたらと撫で付けているちょび髭も、その滑稽さに拍車をかけていた。
民衆が不満を抱くのもご尤もな人物である。
「お出ましだな」
「久しぶりに見たなあ、普段はお城に引きこもってるし」
「自分の身が危ないっていう思い込みだけは強いらしい」
民の思いを汲むことはないけれど、自分は可愛い。アーネストさんとミレアさんの言葉から察するに、ヴァレス大公はそういう人間のようだ。
「静粛に!」
左端の騎士――エリオス=ライズナーさんが、大きな声で観衆に命じる。その一言で、僅かに聞こえていた囁きすらもピタリと止んだ。それを確認してから、ヴァレス大公はのろのろと前に出て、痰の絡まったような咳を一つしてから、口を開いた。
「えー、皆の者。本日はよくぞ集まってくれた。先日から周知しているように、魔皇の討伐に関し、儂から一つの宣言をさせてもらいたく、このような式を開いた次第である」
口ぶりはとても尊大で、その目つきもどこか見下すようなところがあって、僕も大公にはあまり良い印象を持てなかった。これは不満が募るのも無理のない話だ。
そんな大公の口から飛び出すのは、果たしてどのような宣言なのか。
いよいよそれが分かるときだ。
「知っての通り、悪しき魔王が復活を遂げたため、現在コーストフォードの西に位置する廃村に魔皇が出現している。加えて魔物も急増しており、諸君らの暮らしを脅かしていることだろう。魔皇の討伐は、コーストフォードにとって喫緊の問題であるのは違いない」
そこで――と、大公は続ける。
「儂は一つの決定を下した。二日後の朝より、魔皇討伐作戦を開始すると!」
その宣言に、観衆たちからは大きなどよめきが起こった。大公がようやく魔皇討伐を決心してくれたのだという、どちらかと言えば安心する声の多いどよめきだ。……しかし、討伐の宣言を行うだけで、このような異例の宣言式を開くだろうか。そう思っていると、大公は再び喋り始めた。
「しかしながら、魔皇は強大な存在である。全兵力を挙げても、苦しい戦いになることは容易に想像できる。近年、世界情勢は混沌とした様相を呈し始めており、国として兵力が激減する結果となってしまうのは、魔皇以上の危機を招きかねない。そこで、だ」
大公は、軽薄にパチンと指を鳴らし、ニヤリと笑った。
「この度の魔皇討伐について、コーストン兵のみならず、民間からも討伐部隊への参加を募ろうと思う。戦闘能力があればそれ以上は求めぬ、我こそはという者は、是非ともこの作戦へ協力してほしい!」
「なっ……」
「民間から……」
アーネストさんとミレアさんが、揃って驚きの言葉を発する。勿論、僕たちや他の観衆たちもみな、一様に驚いていた。大公が、一般市民に魔皇の討伐協力を求める。それは、予想もしていない宣言だった。
「式が終わり次第、街の南西エリアに申請所を設置させてもらう。魔皇の討伐に参加しようという者は、そこで参加申請を行うこと。参加者には一律三フォンドを支給し、また討伐作戦において特に功績を上げた者に対しては、後日更なる褒賞を与えることを予定している」
最後にそう言い残して、ヴァレス大公は観衆たちの困惑をよそに、さっさと城の中へと戻っていってしまった。そそくさと城内へ入るその姿はまるで、暗殺を恐れているかのようにも思えた。本当に、自分の身が可愛い、へっぴり腰の大公だな。
――それにしても。
「市民への協力要請ねえ。いや、まさかだったぜ」
「過去には、そういうことはなかったんですね?」
レオさんがアーネストさんに訊ねると、彼は首を縦に動かした。
「コーストフォードに限らずどこの国でも、大公が民に対してそういうことを頼んだことはない。これは国としてのメンツもあるんだろうが、あくまでも国は国で、挙兵して魔皇の討伐にあたるものなんだ。そこに、自然と協力者が合流する」
「それで、いつもは勇者様が討ち取ってくれてたんだよー」
「なるほど……じゃあ今回みたいに参加を募るのは、異例ですね」
「それが悪いとまでは言わないが、何となく魂胆は見えちまうな」
アーネストさんの言う魂胆。それは、僕にもそれとなく予想がつく。大公は、この大胆な手で、兵力を温存しつつも民衆の気持ちを何とか抑えるつもりなのか。
「コーストンの兵力を落としたくはない。それは、国の安全のためと言ってはいたが、大公自身の安全のためでもある。それで、自然と協力者が合流するのを待つのではなく、こうやって募ることにして、なるべく多くの人員を確保しておこうと考えた……」
「ああ、ほぼレオの言う通りだ。あとはこの街が抱える二大勢力の緊張状態を、有耶無耶にしちまおうって意図もあるんだろう。私設兵団すらも参加者として取り込んじまえれば、大公が指揮をとったという功績の下で、私設兵団にも活躍の場を与えられるわけだしな。きっと、私設兵団は参加するだろう。その善意を利用するつもりなのさ」
共通の敵が現れれば、仲の悪い者同士が一時的に手を取り合って、その敵を倒す。ストーリーとしては王道の熱い展開ではあるが、この場合は熱いとは言い難いな。
「まあ、容易に推察できるあたり、名案とは呼べない作戦なわけだが。市民全員が、きっとそうなんだろうなって思ってることだろう。それでも、保身のことを考えると、大公はこの選択をするしかなかった……そんなとこかね」
「まあ、逃げの選択肢を選んだっていうのが正しそうですが」
「はは、レオも中々辛辣だな」
しかし、魂胆は理解しつつも、この作戦に反発する者は少ないだろう。魔皇の討伐は実際急務なのだから、戦える人は参加するはずだ。賞金も出るのだし。
そして、仮に反発して独自に魔皇へ挑む者がいたとしても。それが参加者だと思われれば、何の問題もないのだ。有耶無耶にする、という表現がぴったりの作戦だった。
「……要するに。参加するしかないってことかよ」
「そうなりますね。俺は、魔皇と戦えるんならそれでいいです。参加しますよ」
「ん。私たちもギルドとして、参加しないわけにはいかないね」
三人は、早速参加を決めたようだ。というか、他に良い選択肢もないだろう。僕たちも、一緒に参加申請をしに行くべきだろうな。
いつの間にか、守護隊の姿もバルコニーから消えている。兵士たちも持ち場を離れ始めたし、観衆もだんだん減ってきていた。明確な言葉はなかったが、もう式は終わったらしい。
「このまま参加申請、しに行くか」
「ですね」
「じゃあ、僕たちも行きます」
「行きまーす!」
僕とセリアは、アーネストさんたちの後についていく。申請所は、南西エリアだったはずだ。
宣言式の内容は意外なものだったけれど、結果的に、魔皇討伐に水を差すようなものではなかったのは幸いだった。後はただ、二日後の魔皇討伐作戦に参加して、魔皇を倒す。単純なことだ。
アーネストさんにミレアさん、レオさんも。心強い仲間がついているし、心配することはない。
待っていろ、魔皇アギール。必ず僕たちが、倒してみせる。
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