9.手にしたもの
ブレイブロックへ向かってくる魔物の数は、目視する限りでもゆうに百は超えている。もしかすると本当に、町民たちのパニックに魔物が敏感に反応したのかもしれないが、今は理由を詮索している場合ではなかった。
このままでは、少なからず被害が出てしまう。
「戦えるものは迎え撃つ準備を! 北門を越えさせないよう、全力で仕留めるんだ!」
武器屋のおじさんが、慌てふためく観衆の中で叫んでいる。彼の号令に応じて、数名の男女が武器を手に、丘を駆け下りていった。……どんなときでも、武器は備えておくのが基本だよな、やっぱり。
「俺も行く!」
僕らにそう告げて走っていったのはレオさんだ。まだショックは引き摺っているはずだが、駆けていく彼の目は真剣だった。故郷を、そこに住む人々を守る。勇者であろうとなかろうと、それだけは絶対に果たさなければならないという力強い意志が、そこには込められているようだった。
「……僕らも行こう」
「え、ええ! でも……大丈夫?」
セリアは、僕が前線に出るのが心配のようだ。当然ながら、僕には武器がない。それに、昨日はスライム相手にやられかけている。彼女の心配も尤もだろう。
でも、尻尾を巻いて逃げ出すなんてお断りだった。例え勇者の剣に選ばれなくたって、僕は勇者になりたいんだ。強くなって、自分を変えられたと思えるようになりたいんだ。
だから、逃げない。
希望は、ある。
「大丈夫、町を守ろう」
「……分かったわ!」
僕とセリアは、横に並んで走り出す。広い丘なので、下りきるのにそれなりの時間はかかったが、まだ魔物の群はこちらに到着していなかった。
「あと二、三分で圏内ってところかしら……」
「だね。集まってきた人はみんな、町の中へ戻れたみたいだけど」
「何としても食い止めなくちゃいけないわね」
武器を手に集まったのは、僕とセリアを含めて十二人。これで百を超える魔物を、町に入る前に倒しきれるのかは分からないが、やれる限りのことをやるしかない。
魔物の姿が鮮明になってくる。もうすぐだ。両サイドから、武器を握り込む音が聞こえた。これだけの数だ、戦い慣れている人だって緊張を隠せないのだろう。
「よし、かかれ!!」
武器屋のおじさんが開戦の宣言をし、全員が魔物へ向かっていった。武器は持っていないながらも、僕もその一団に加わり、セリアはそこから少しだけ後ろについて、魔法の詠唱体制に入る。
斧を持った三十代くらいの男性が先陣を切り、狼の魔物――多分ウルフとでも言うのだろう――をまとめて薙ぎ倒す。その男性に群がってきたウルフを、魔術士の若い女性が雷属性魔法で焦がした。あれは、セリアが使っていたエレクという魔法だ。
こういう事態はあまり経験がなさそうなのに、町の人たちは息のあった戦い方が出来ていた。前衛が敵集団を分断し、後衛が補助をする。それにより、百匹以上いた魔物が四グループほどに分かれ、かなり戦いやすい状態に持ち込めていた。
ただ、魔物は逆に統率がとれていない。そのせいで、陽動をすり抜ける奴もいた。他の人はもう、各自がおびき寄せた魔物たちの撃破に必死だ。だから、はぐれた魔物の対処は僕がするほかない。
「……行くぞ!」
全ては一瞬で、僕の中へと『収集』された。
だから、その希望を僕は振るう。
引き抜けなかった剣の代わりに。
「はあ!」
襲い掛かって来るウルフに、僕は『気』を込めた拳をお見舞いする。単純な殴打ではないその一撃は、凄まじい衝撃音とともにウルフを吹っ飛ばした。
「と、トウマ!? ちょっと待って、それ……」
気付いたセリアが、びっくりした表情でこちらを見つめている。そりゃあ、無理もない。昨日は棒切れを振り回すことしか出来なかった僕が、何故か武術士のスキルを使っているのだから。
『一の型・破』。まずは軽い準備運動だ。
「トウマ君、後ろだ!」
レオさんの声が飛んでくる。それより前に、ちゃんと気配は感じ取っていた。僕は次なるスキルを使い、ウルフを待ち構える。
獣らしい、単調な引っ掻き攻撃。それを顔の前に構えた腕で、受け止めた。
「トウマ!!」
腕が裂かれた。セリアはそんな想像をしたことだろう。しかし、僕の腕には一切の傷が付いていない。よしよし、これが武術士の第二スキル、『二の型・剛』だな。
ウルフは攻撃した前足が折れてしまったようで、起き上がれずにジタバタしている。そこに一の型を打ち込んで、さっさと止めを刺した。
「大丈夫!?」
セリアが駆けよってくる。心配そうにしているので、僕が傷一つない腕を見せると、彼女はまた目を丸くした。
「ねえ……それって、武術士のスキルでしょ? 私でもちょっとは見たことあるけど……」
っと、お喋りしている余裕もあまりないようだ。僕は北門へ進んでいく甲虫の魔物――ビートルとするか――に向けて、手をかざす。
「――フレイ!」
その手が輝き、火球が出現すると、それはビートルに向かって高速で飛んでいった。火球の命中したビートルは火だるまになって、やがて絶命する。
「え? あの、トウマ?」
「はは……我ながら凄いな、コレ」
不謹慎だが、僕は今、最高に楽しいと感じていた。
勇者の剣は抜けなかったけど、これはとんでもない反則技じゃないだろうか?
「なーんでトウマが魔術士のスキルを使ってるのー!」
ついに許容量を超えたらしいセリアが、顔を真っ赤にして僕を問い質す。その顔が何だか面白くて、僕は思わず彼女の頭をポンポンと叩いていた。
「神様の精一杯の加護、なのかもね」
「答えになってなーい!」
僕のせいでセリアが攻撃を止めてしまったので、はぐれ魔物が少しずつ増えていた。早いとこ一掃してしまわないといけない。今のところ物理攻撃が一番強いし、それを強化して戦うのが一番賢そうだ。
集中し、術を構成する。呪文のようなものはなく、魔力を組み上げればそれで発動するみたいなので、よくどもってしまう僕でも問題ない。……呪文を噛む人ってやっぱりいるのかな。ふと気になる。
「――レイズパワー! レイズステップ!」
とりあえず、力と速度の向上呪文をかける。なるほど、体が軽くなったような感じがするな。これなら走り回る魔物とも、余裕で対峙できるはずだ。
「あーもう癒術士スキルまで使ってるし!」
そんなセリアの言葉をスルーしつつ、北門へ迫っていたビートルとウルフのところまで素早く駆けていき、まずはウルフを一の型で絶命させる。そして、硬い甲殻を持つビートルは、武術士の第四スキル、『四の型・砕』を発動させてぶん殴った。
「うおおッ!」
拳がぶつかった瞬間、甲殻がバラバラに弾け飛び、ビートルは四パーツくらいに断裂して転がった。破壊特化のスキルは、こういう魔物に効果大ってことか。
「トウマ君、君は……」
レオさんも、僕が武術士のスキルを使ったことに気付き、驚いた様子だった。だが、やっぱりちゃんと説明できる自信はない。神様の加護ってのは、案外真実なんじゃないかとすら思う。なら、その加護を存分に利用して、戦い抜くのみだ。
周囲を確認すると、魔物の数はもう三分の一程度に減っていた。だが、こちらも半分ほどの人が疲弊しきっていて、門の周辺で武器は構えたまま休んでいた。
「……!?」
レオさんが何かを察知して前方を見据える。……集中すると、地響きのようなものが確かに聞こえてきた。それはかなりの速さで近づいてくる。
「群のボスだ!」
姿を現したその魔物は、実に三メートルはあろうかという巨大なウルフだった。下級の魔物には違いないだろうが、ここまで大きなものだとそれ以上の強さと見ていいだろう。
レオさんは、躊躇うことなくボスウルフに突撃していく。周りの人たちも出来る範囲で加勢してくれているが、飛ばした矢は突き刺さることなく折れ、火属性魔法も軽い焦げ跡しか残せない。さっきまでの魔物どもとは明らかに別格だった。
「おりゃあっ!」
レオさんはそのままの速度で剣を突き出す。あれは剛牙穿というスキルだ。だが、突破型のそのスキルも、ウルフの胸元あたりに軽い刺し傷を負わせただけで、すぐに大きな前足がレオさんを薙ぎ払った。
「ッがは……」
ゴロゴロと転がり、レオさんは苦悶に喘ぐ。その右腕には、ウルフの爪痕。幸いそれほど深くはなさそうだが、止めどなく血が流れ出ている。
レオさんが一瞬でやられる魔物。……恐ろしいくらいの強敵だ。
今残っているメンバーに、癒術士らしき人はいない。僕はすぐさまレオさんに駆け寄って、初級癒術を発動させた。
「――リカバー」
傷は徐々に癒えていくが、完全ではないし、流れ出た血も戻りはしない。痛みが和らいだおかげで表情はマシになったけれど、すぐに戦闘復帰することは出来なさそうだった。
「レオ!」
セリアもレオさんを心配して、近づいてくる。彼女も初級癒術なら使えるようだったが、これ以上は効果がないと感じて首を振り、キッと鋭い目でボスウルフを睨んだ。
「……トウマ。絶対に倒してやるわよ。力を貸して」
「……そりゃ、勿論」
これくらいの壁を乗り越えられないようじゃ、旅になんて出られやしない。
必ず、倒してやるんだ。
「……トウマ君」
レオさんが僕を呼んだ。痛む体をおして、何とか状態を起き上がらせている。
「……これを使ってくれ」
「え? で、でも」
「俺はしばらく剣を振れない。なら、君が使ったほうがいいさ」
そう言ってレオさんは、自身の大剣を僕に差し出してきた。
「……お借りします」
頭を下げ、僕は彼の大剣を手にした。使い込まれたその剣は大きく、重く、けれど馴染む。レオさんほど上手く扱えはしないだろうが、それでも十分だ。
勇者の剣が抜けなかった僕でも、勇者のように剣を振るってやる。
「セリア、頼んだ!」
「ええ、やりましょ!」
二人で頷き合って、ボスウルフの前に立ち塞がる。侵攻を邪魔されたボスウルフは、鼓膜を震わせるような咆哮を上げた。でも、そんなのに怖気づいたりはしない。
あの前足の攻撃範囲内に入ったら、容赦なく薙ぎ払われるだろう。その足を封じることが出来れば、勝機はある。僕はセリアに目配せし、魔法での補助をお願いした。
「――シャイニング!」
セリアの魔法波、光属性の攻撃だった。あの毛皮は物理に対しても魔法に対しても強いようで、ダメージはそれほど通らなかったが、目眩ましにはなった。グルグルと唸りながら、ボスウルフは虫を払うように右足をブンブンと動かす。バッチリだ。
「閃撃!」
僕が放った剣術士の第一スキルは、斬撃を増幅し飛ばす技だ。それがボスウルフの左前足に命中する。傷は付かなかったが、盲目になっているウルフはその衝撃に少しだけバランスを崩す。そのままウルフの近くまで潜り込んだ僕は、拳に気を込めて武術士のスキル、四の型・砕を左前足に打ち込んだ。
『ガアアオォッ!』
痛みに吼え、ボスウルフはドシンと大きな音を立てて倒れた。足の一本を潰せたようだ。これで獣特有の機動力は無くなった。
だが、怒りによる暴走か、ボスウルフは唸り声を上げて暴れ始めた。がむしゃらな攻撃だが、収まるまでは近づけそうにない。僕はさっと距離をとって、追撃のチャンスを待った。
「――フリーズエッジ!」
セリアの魔法が炸裂した。ジタバタしていたウルフの半身に氷の刃がぶつかり、その部分を凍結させる。頑丈で切断できない代わりに、氷魔法が残って固まったようだ。すぐに割られてしまう程度のものだろうが、一瞬でも隙が作れたのは大きかった。
……さあ、これはレオさんに怪我をさせたお返しだ。
「――レイズパワー、……レイズステップ」
補助魔法で強化してから、僕は剣を構えてボスウルフに突撃する。
懸命にもがこうとするそいつ目掛け、力の限り、剣を突き出す。
「おおおおッ!」
レオさんが負わせた胸元の傷に、レオさんと同じ技で。
僕はその大きな体を――貫いた。
「――剛牙穿」
その一撃がボスウルフの心臓を穿ち。
大量の血を噴き出し、断末魔の叫びを上げた後、その体は永遠に動かなくなった。
「……や、やった……」
ポツリと、セリアが呟く。
「やったー! 私たち、倒せたのね? 町を守れたのね!」
「わっ」
喜びのあまり、彼女は僕に抱き着いてきた。そ、それは流石に、嬉しいけど恥ずかしすぎます。
「あっ……ご、ごめんなさい」
「い、いやいや。……ふふ、倒せちゃったね」
「……ええ!」
動かなくなった巨体を、もう一度見やる。
そう……こんなデカブツを、僕らは退治したのだ。
僕らはちゃんと、町を守れた。
僕らはこの町の、ヒーローになれたのだ。
「トウマくん」
「……レオさん」
右手をかばいながら、レオさんがこちらへ歩み寄ってきた。清々しい笑みを浮かべて、彼は僕に労いの言葉をかけてくれる。
「よくやってくれた。君は……間違いなく勇者だと、俺は思うよ」
「あはは、流石に照れちゃいますよ。……それに、レオさんがいなかったら勝てなかったかもしれません」
僕はそう言い、貸してくれていた剣を差し出す。
「ありがとうございました。この剣も、胸元の傷も」
「……はは、力になれたのなら何よりだ」
剣を受け取り、背に提げると、彼はもう一度手を差し出してきた。だから僕もそれに答えて、ぐっと固い握手を交わす。
「……帰りましょうか。イストミアの町へ」
「ああ。新しい勇者の誕生を祝って」
それはとてもくすぐったい一言だったけれど。
今まで生きてきた中で、一番嬉しい一言だった。
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