7.そして儀式の日
翌日。空は昨日と同じように晴れ渡っていた。絶好の儀式日和というやつだ。
僕は昼寝をしたせいもあって早く目が覚めたので、しばらくはベッドの上でごろごろしていた。
昨日は目まぐるしい一日だったが、一夜明けてぼーっとしていると、スマートフォンが無いのがつまらないと感じたりもしてくる。ゲームがリアルになったのはワクワクするが、その引き換えに娯楽がなくなってしまったのは痛い。
あと、時間も正確に分からない。時計がないのはこの家だけだろうか、それとも町全体で時計を必要としていないんだろうか、などと考えていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「おはよう、トウマ。ご飯できたよ」
「ん、おはよう。今行く」
なんか今の会話、新婚みたいじゃないかな。いや、そんな邪な思いを抱くのは流石によろしくない。僕はさっさと身支度を整えると、部屋を出てリビングに向かった。
食卓にはもう朝食が並んでいて、セリアもお祖母さんも着席していた。メニューは目玉焼きにベーコン、それからトーストだ。このトーストも、昨日のパンと同じく手作りなのだろう。
「おはようございます」
「よく眠れたようだね。良かった良かった」
「いやあ、色々してもらってありがたいです」
僕がお礼を言う横で、セリアがくすくす笑っている。何がおかしいのかと思ったら、僕の髪が好き放題に跳ねていたようだ。恥ずかしくなって、慌てて手櫛で整える。幾分はマシ、かな。
「じゃあ、いただきますか」
「うん。……いただきます」
席に着いて、朝食にフォークを伸ばす。素朴な疑問だけど、この世界には箸とかはあるんだろうか。今のところは洋風の料理ばかりだから、フォークとかスプーンしか使っていない。
シンプルな料理だが、とても美味しい。普段は朝食なんて、トースト一枚とかヨーグルトとか少ない量しか食べられなかったけれど、こういうのなら沢山食べられるな。
「儀式はお昼前に始まるわ。町全体に放送があるから、それが聞こえたらブレイブロックまで行きましょ」
「了解。やっぱり、結構な人が集まるんだよね?」
「そりゃ一大イベントだもの。時間がある人は皆来るんじゃないかしら」
マジか。それはかなり緊張するな。
「剣を抜く候補者はそんなにいないから、あんまり長くはならないわよ。抜けたら終わり、準備を整えて町を出発する感じね」
「け、結構あっさりしてるね」
「早く世界を救わなくちゃいけないから、旅立つのもすぐってことなんじゃない?」
「うーん、納得したような、しないような」
とりあえず、昔からそういう流れになっているということらしい。
「……ただ、ここ何代かの勇者は、魔王討伐に長い期間を要するようになったと聞いているね。古くは一年で討伐に成功していたらしいが、前々回は二年、前回は三年近くかかっていた」
「そうなんだ、お祖母ちゃん?」
「魔物どもが強くなったとも言われているがね。勇者は各地を隅々まで回って魔物を退治していったらしい。人々は期間だけを見て、勇者なのに苦戦しすぎだなどと勝手なことを言ってたもんだ」
「それは……厳しいですね」
「うむ。勇者は一人しかおりゃせんのにな」
全くだ。世界各地を回らなくてはならないのだから、もうちょっと温かく見守ってほしい。世界の命運がかかっているのは分かるけれど。
……それにしても、三年か。リバンティアの大きさが分からないから、実際のところどうなのかは把握し辛いな。
「なるべく早く、それこそ一年くらいで魔王を倒せるならいいんだろうけど」
「そうね。それを目指して、強くなっていかなくちゃ」
強くなる、か。普通の学生だった僕だが、この世界が『勇者』として僕を迎えてくれるならば、それに相応しく成長していけるだろうか。
道があるならば、突き進む努力は絶対に惜しんだりしない。
「ごちそうさまでした。腹ごしらえも出来たし、全力で儀式に挑めそうです」
「ほっほ、そうかい」
「別に全力出さなくても、抜けばいいだけだけどね」
「それは言わない」
剣を抜くだけ。そう、実に簡単なお仕事だ。
観衆は多いけど、緊張して変なことをやらかしたりせず、そつなくやり遂げたい。
勇者として、旅立ちたい。
片付けをしてから、僕とセリアは放送があるまで各々の部屋で待つことにした。意識していなかったが、今日は休息日で殆どの人が仕事休みらしい。勇者の儀式はその辺も考慮して、休息日に行われるのだろう。
しばらく部屋で、窓から外の景色でも眺めていると、ようやく放送が始まった。剣と魔法のファンタジー世界ではあるが、通信機のようなものは一応あるらしく、街灯に取り付けられたスピーカーを通して、町の偉い人の声が響いた。
『あー、テステス。これより一時間後、勇者の儀式を執り行います。場所は町の北東にあるブレイブロック。町の外になりますので、観に来られる方々は気を付けていらっしゃってください。繰り返します……』
恐らくは町長なのだろう、その声は低く、年齢を感じさせる男性のものだった。お知らせが繰り返されている途中に、セリアが扉を開けて入ってくる。
「よし。そんじゃ行きますかっ」
「分かった。道案内よろしく、セリア」
「任せなさい」
そう言って、彼女は自分の胸をドンと手で叩く。頼もしい限りだ。
お祖母さんに、儀式の場へ向かうことを告げ、家を出る。気をつけてね、という声を背に、僕とセリアは歩き出した。
通りには既に、ブレイブロックを目指す人たちが大勢いた。老いも若いも、男性も女性も。本当に、時間のある人は全員が儀式を見ようと向かっているようだった。そりゃ、数十年に一度の大イベントだ。きっと、宿がなくとも遠方からやって来る物好きだっているに違いない。……なるほど、宿があればもっと町に人が溢れて大変なことになるから、わざと宿を作っていないのかもしれないな。穿った見方だけど。
「一時間後って言ってたけど、みんな時間って分かるの?」
僕は疑問に思っていたことを、セリアに聞いてみた。すると彼女は一瞬だけ反対の方を向いて、
「広場に大時計があって、そこで時間が分かるわ。ここでの暮らしに時計を必要とする人が少ないから、家に置いてるのは半分くらいかな」
「変なこと聞くかもだけど、一日は二十四時間だよね?」
「ええ、当然」
そこは元の世界と変わりないようだ。時間の概念がかなり違っていたら、生活リズムがおかしくなりやしないかと、ちょっとだけ不安になっていたが、それは杞憂のようだった。
町の北門に差し掛かったときにはもう、視界の先に大きな丘が見えた。あの丘に岩がくっつくような感じになっていて、そこに勇者の剣が突き刺さっているのだとか。ブレイブロックか、単純だけど確かに響きはいいな。
門を抜け、舗装のされていない道を二人、進んでいく。魔物が出てこないかとしばらくは警戒していたけれど、この辺には気配がなさそうだ。弱い魔物が多いようだから、人が集まっているところには来ないのかもしれなかった。
「候補者の数は知ってる?」
「全然。というか、自分から名乗りを上げて挑むだけだから、そのときになるまで誰も把握してないと思うわ」
「はは、それもそうか」
わざわざ事前申告するようなもんじゃないに決まっているし、もししないといけないのなら僕、参加出来ないじゃないか。
「……さ、到着よ」
「……おお……」
丘を登り切って。僕らは儀式の場を目の当たりにする。
そこには、ゴツゴツとした大きな岩肌が地続きにあって。
深々と突き刺さる、美しい装飾のあしらわれた剣があって。
その周りには、もう沢山の町民が集まっていて。
勇者覚醒の瞬間を、皆心待ちにしているのだった。
「あれが、勇者の剣か……」
「みたいね。私も実物を見るのは初めてだなあ……」
陽の光に照らされ、剣は綺麗に輝いている。そのせいもあるかもしれないが、何だか聖なる力が感じられるような気がした。
「町長が来たら、儀式が始まるわ。それまでもうしばらくの間、待っておきましょ」
「う、うん」
この人数には流石にドキドキしてくるけれど、今までの僕とは違うってところを示さなくちゃ。
そう自分に言い聞かせて、僕は町長さんが来るまでの短い時間を、心を落ち着けようと努めながら待つのだった。
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