145 壁
紗那が宿った人工人体は、つい先日まで使っていた肉体とは違い、人型を呈してはいるものの全く別の代物だった。黒紫色の躯体で全体に光沢感がある。
腹も空かず、睡眠も38時間に3時間ほどとればそれで十分だった。その滑らかな曲線を描いた一種芸術とも言える人工人体は、紗那の知る“からだ”とは明らかに違い、人外の力を宿しているようにも思えた。
紗那は大きく振りかぶると右の拳で壁に一撃を食らわせた。
ぽろぽろと壁から破片が零れ落ちてくる。
一撃を食らわせるごとに四方八方へとひびが伸びていき、壁の形状が歪んでいく。
遥か上方まで視界を塞いでいた壁は轟音とともに崩れ落ちた。
目の前に現れたのは都市だった。
ここにきてから、ずっと無人の時間を過ごしていた紗那は、やっと人に会える安堵感で、街に向かって走り出した。
都市は無人だった。
店やオフィスビル、マンションやアパート、公園に人影を認めることはできなかった。
よく見ると、それらの建造物には風化の痕跡があり、構造物を構成する金属部分は赤く錆付き、遠目にはわからなかったが、植物の蔓が建物を侵食していた。
都市内を散策する紗那。
「お姉ちゃん」
背後からの声に振り返る紗那。
そこには黒く揺らめく人型の陽炎が宙に浮かんでいた。
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