第119話 郡司飛鳥対花聡明 ④

 なぜだ?


 試合中、機械のように振る舞っていた飛鳥に初めて人間らしい感情が灯る。


 疑問? それは探究心か? ――――いいや、それはいい。


 この試合、飛鳥は神がかっていた。 機械のように正確無比な打撃……だけではない。


 いくら聡明の猛攻が大技に集中していたとは言え、飛鳥はそれらを全て対処していた。


 当たれば一撃必殺とも言える猛攻だ。 それを極小の凄きで躱し、徹底的にジャブにこだわっていた。 

 

 しかし――――どうして俺は倒れている。


 あの一瞬、確かに聡明のアゴを右ストレートで打ち抜いたはず。


 いや、今でも手ごたえが残っている。


 言う事を聞かない自身の肉体。 それを何とか動かして聡明を見る。


 すると――――彼もまた倒れていた。


 相打ち。


 あぁ、なんて男だ 聡明。 飛鳥は何が起きたのか理解する。


 お前、狙っていたのだろう?


 俺の右ストレートへのカウンター。 けど、それは不可能なはずなんだ……本来ならね 


 俺の拳がアゴを捉えた。その瞬間、お前は失神した。それは間違いない。


 だが、それもお前の計画だったんだろ? 


 人間は失神しても、意識がなくても動ける。


 失神する寸前まで次の行動を強く意識。


 そうする事で、意識を失った直後でも動き続けることが人間にはできるのだ。


 だから、聡明……お前は失神する事を引き換えにしたんだ。


 攻撃を放った俺を失神したお前が何らかの攻撃をした。


 肉を切らせて骨を断つ……なんてレベルじゃない。 


 俺からもダウンを奪う攻撃。 多分、蹴りか? 俺の側頭部を回し蹴り系の何かを放った。そうだろ?


 あぁ……待ってくれ。立ち上がるのは。 俺もすぐに、すぐに立ち上がる。


 このッ! 体……いう事を聞け。 


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 戦慄。


 少なくとも観客たちは戦慄していた。


 相打ち。 それも両者が絶対に起き上がれないような強烈な相打ち。


 いうならば試合会場の上で事故が起きたようなものだ。 


 車と車の衝突。 それに巻き込まれた人間は起きてこれない。


 まして、戦う事はできない。 それが常識だ。 それが常識だったはずだ。


 しかし、どうだ? 両者は立ち上がって構える。


 意識は……ある。 目に炎が灯っているかのようにすら見える。


 だから、止めれない。 両者は動ける。 両者は戦える。


 本当に? 本当かよ!?  


 そんな衝撃が観客たちの感情は激しく揺さぶった直後、当事者たちは――――


 動いた

 

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