第61話 武川盛三VS佐藤 久安④
一条を狙う。 ……と言ってもいきなり組み合い、関節技を狙うわけではない。
まずは――――
「あぁ、次は当身ですか?」と佐藤。
「――――ッ?!」と言い当てられた武川は動きを止めた。
「なぜ、当身だと?」
「やや前傾姿勢に、そして前足の親指の力が……あとは握力が増しました」
「そこまでわかるのですか?」
「わからなければ、合気の世界で食べていけませんよ」
「―――ッ!?」と武川は困惑する感情をかなぐり捨て飛び込む。
まずはジャブ。 いくら達人と言っても打撃慣れしていないはず。
当たれば、間違いなく怯む。 しかし、それは当たればの話だった。
必ず当たるはずだった高速の左が空を切る。
スウェーバック? ボクシングで上半身を反らすディフェンステクニック?
しかも、佐藤の動きが速い。 武川がジャブを放ち、引く動作が終わる頃には反撃の体勢が整っていた。
ジャブとは言え、打ち終わるりの瞬間。 無防備になりやすい危険な状態。
そのタイミングで佐藤は飛び込み、掌打を武川の顔面に打ち込んいく。
だが――――忘れてならない。
武川盛三という男が持つ最大の武器は常人離れした握力。
そして反射神経だ。
佐藤の掌打はいとも容易く払い落され、無防備になった顔に武川の拳がねじ込まれた。
武川にとって勝機のカウンターだった。
相手は、こちらの機微ともいえる体の動きで攻撃を読んでくる化け物。
ならば、攻撃が読めて対処できぬ高速の打撃戦。 カウンターの取り合いこそ、勝機あり。
事実、佐藤久安は倒れている。
ダウン。
渾身のカウンターだ。普通なら立てない。
もう立ってくる。まだ立ってこい。 2つの感情が入り混じる武川。
彼は、なぜか不意にある言葉を思い出していた。
達人は死ぬ間際にこそ、最も強くなる。
なぜ、そんな言葉が脳裏に過ったのか?
それは―――
佐藤久安は立ち上がり、強く強く――――襲い掛かってくる。
そして、それは現実になる。
佐藤は立ち上がった。 さっきまでの朗らかで優し気な表情は消え去っていた。
狂気と怒り。
それを表現するならば、まるで殺人鬼のようであった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
わかる。
武川は狂人じみた表情を見せた佐藤に共感する。
武の達人 佐藤久安。
紳士的であり、知的に振るわなければ排除される精神性。
それは格闘技の深淵。 武に人生をかけた途中で獲得してしまう狂気。
普通でなければ到達できない領域。 異常に身を任せなければ到達できない領域。
普通でありながら強い。そういう人間もいる。
おそらく郡司飛鳥、佐々間零は、そういう部類の人間なのだろう。
だが……そういう人間こそ異常なのだ。
強くなるために睡眠を削る。 強くなるために食事を選択する。 強くなるために体を痛めつける。
強くなるために24時間を調整する。 それを何年も繰り返す。
強くなるためには普通ということを捨てなければならない。
だが、そんな人間が社会に溶け込むためには擬態しなければならない。
誰よりも、普通よりも常識人として振る舞わなければならない。
そうしなければ排除されるからだ。
だが、戦いという格闘家という本分の中で異常性を取り戻す。
わかるさ。俺だって、俺だってそうだ。
見てみろよ。
佐藤久安……お前の瞳に写っている俺も……
俺の顔もお前とそっくりだ。
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