第60話 武川盛三VS佐藤 久安③

 観客たちが一斉に湧き上がる。武川は歓喜に湧いていた。


 打撃の間合いという近間であるが、離れた位置からでもバランスの僅かな乱れを感知する洞察力。


 こちらがバランスを崩したのに合わして絶妙なタイミングで踏み出し、圧力をかけてきた。


 それで、触れる事もなく後方へ押し出されたのだ。


 いや、それ以前にこちらの動きをコントロールされていた。


 ローキックを放つように誘われた。 


 恐ろしい。 だが、喜びが勝る。


 合気道におけるインチキの代名詞 触れずに相手を投げる。


 もしかしたら、本当に可能なのかもしれない。


 武川は前に出る。 そして――――


 「貴方が持っている技を引き出し、見せてもらいますよ」


 「えぇ、構いませんよ」


 そう言うと、互いに組み合った。 まるで柔道の試合のようだ。


 柔道……柔道ならば、崩しという技術を行う。


 たとえば、相手を強く後ろに押す。すると相手は押されまいとして力を入れる。


 このタイミングで相手を前に引くと、背負い投げといった種類の投げが決まる。


 合気の投げは柔道の投げを違っている。 似てるのは……少林寺拳法の投げだろうか?


 少林寺拳法の投げは、こちらが踏ん張ったり、堪えたり、耐えるような動作が通じない。 少なくとも、そんな感覚に陥る投げを使う。


 強く逆らえない動きの中で投げてくる。


 そして、佐藤はそんな投げを繰り出してきた。


 道着の襟を掴んだ手を握られた。 1回、2回と流れるような動きで手が折りたためられる。 手首を曲げられ、肘を曲げられ、激痛が走ったかと思えば、投げられていた。


 武川は床に叩きつけられた瞬間、佐藤を蹴り剥がす。


 何度も練習してきた合気対策。 重要なのは投げられた後だ。


 固め技。


 投げた流れのまま関節を極まられたら、そこで試合が決まってしまう。


 かつて一条と言われる技を必殺技として使っていた武川だからこそ、強く警戒している。


 だから、蹴りだ。 投げた直後の佐藤を蹴り剥がす。


 蹴り飛ばした佐藤が前に出てくる。 武川は、まだ立っていない。


 また腕を掴まれた。今度は背中の後ろで腕をまわされた。


 腕がらみやアームロックといった関節技? いや、違う。


 武川の頭は自然と前のめりになっていく。

 

 このまま自ら前に回転するようになる投げだ。確か名前は――――


 回転投げ


 だが、武川はそれよりも速く前に飛び込むような回転。 さらに蹴りを放つ。


 佐藤は蹴りを警戒して間合いを広げる。


 互角。


 その二文字を武川は強く意識した。


 後手後手と回っているが、それは佐藤の技を受けているからだ。


 ならばと武川の中で欲が出てきた。 佐藤の技を引き出す目的に加え、自身の技が通じるかどうか……


 すなわち、武川は自身の代名詞である一条を狙う。




 


 

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