第52話 ヘビー級ボクサー 大海原 祥②

 飛鳥の様子がおかしい。


 いや、よくよく見ると……太っている?


 ヘビー級を相手に体重が大きいのはまずい。


 そのため急ピッチな増量が必要だった。


 試合までの間に10キロ近くの増量。 ミドル級を越える体形に変わっていた。


 しかし、10キロ……ほとんどが脂肪だ。 1か月や2か月で人間はキロ単位で筋肉を増やす事は難しい。


 もし、1か月で1キロも筋肉が増えるなら、1年で12キロの筋肉が手に入るということになる。


 2年で24キロ? 10年で120キロの筋肉? どんな怪物だ? そいつは?


 無理やり増量した飛鳥の動きは精彩に欠ける。


 とは言え、ナチュラルなヘビー級の祥よりは、動きが速い。


 撮影前の準備運動を見れば一目瞭然。


 しかし、パワーは確実に祥が上。 当たれば、一撃KOの可能性も0ではない。


 むしろ一撃で倒される可能性の方が大きい。


 それでも試合は始まる。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 向かい合う両者。 試合開始の合図という合図もなしに……すでに始まっている。


 祥は、左手でガードを固め、右手をだらりと下げている。


 デトロイトスタイル。 別名、ヒットマンスタイル。


 ボクシングにおいては超攻撃型と言われる構え。


 その分、難易度は高い。幾人のボクサーが取り入れたが、扱え切れた者は少ない。


 最も、漫画はじめの一歩の登場人物が使う事で有名なスタイルだろう。


 じり…… じり……と両者の間合いは縮まっていき……


 最初に手を出したのは祥だった。


 右ジャブ


 変則的な構えゆえの変則的な軌道。


 いや、そんなことよりも……重い。


 衝撃


 ヘビー級の肉体が放ったジャブの衝撃。


 飛鳥は体が吹き飛ばされるような圧力を感じた。


 ……ジャブ一発で、この圧力である。


  普通に打たれたら死ぬんじゃないか? そんな事が飛鳥の脳裏に過り……自然と笑みが浮かんできた。


 さらに足が前に、自ら危険領域に進んでいく。


 当然、祥はジャブを放つ。


 だが、当たらない。


 避けると同時に飛鳥は前に出る。


 インファイト


 だが、ヘビー相手にインファイトは無謀。 簡単に力負けをして後退させられてしまう。


 実際、祥は腕力だけで飛鳥は弾き飛ばそうとする。


 しかし、体捌きで横へ横へと真っ向勝負を拒否。


 ついでにショートパンチを1発、2発、3発と祥の体に叩きこんでいく。


 だが……手ごたえ。 それがない。


 人間の肉体を叩いている気がしない。


 分厚い肉……まるでゴムの塊だ。


 そんな感想を抱いている隙に捕まえられた。 


 クリンチ……いや、この時点で祥が相撲出身ということは飛鳥は思い出した。


 クリンチした状態で上半身を捻られた。 ただ、それだけで投げが成立してしまう。


 飛鳥は浮遊感と圧倒的なパワーを体感。 そのまま、リングに倒れた。


 (勝てるのか? これ?)


 さすがの飛鳥も、そんな事を思い浮かべていた。



 

 

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