第36話 転章 ①

 パチパチ……ジムに拍手が鳴り響く。


 その拍手の主は飛鳥は


 「アンタは? 誰だ」


 そう問われた零は慇懃無礼とも言えるほど態度と共に自己紹介を始める。


 「初めまして、私の名前は佐々間 零と申します。今の立場は…… 鉄審空手 本家の人間ですね」


 「鉄審空手 本家?」と飛鳥は首を捻った。


 わざわざ、そう名乗るという事は私情で来たのではなく、鉄審空手の看板を背負ってきたということ。……しかし、飛鳥には心当たりはない。


 「今日は本業があってこられなかったのですが……うちの館長が貴方に興味があるみたいです」


 「鉄審空手の館長が俺に興味を?」


 「えぇ、うちの選手として契約しませんか? つまり、プロ格闘家としてのスカウトですね」


 「プロって、アンタ……あいにく、俺は既にプロのユーチュバーなもんで」


 「……別にプロのユーチュバーと格闘家の両立は可能だと思うのですがね」


 「はっはっは……生憎だけど、ユーチュバーとしてプロの契約してるからね。二重契約はまずいでしょ?」

 

 「あぁ、聞いたことありますね。なんでもユーチュバーは事務所と契約してる人が多いとか?」


 「少し違うけど、だいたいそんな感じさ」


 「移籍のお考えは?」


 「なに?」


 「貴方がその気ならば、うちの館長は事務所を設立すると思いますよ。そちらの方面に強い方ですからね」


 「本気か? 本気でそこまでして俺を引き抜こうと?」


 「えぇ、うちの館長ですから……」


 飛鳥が躊躇しているように見えた。 


 このまま押せばいけると零は確信していた。だが……


 「タレントの引き抜きは勘弁してもらえませんかね」と男が現れた。


 飛鳥の試合後……いや、撮影後に現れる、いつもの男だ。


 「貴方がマネージャーさんですか?」と零。


 しかし、男は「マネージャー? そんな大層なもんじゃねぇよ」と悪態をつきながらも笑った。


 威嚇するような笑みだった。


 「飛鳥にゃ、まだまだ稼いで貰わないといけなんだよ」


 「では、うちが主催するイベントに出場してもらうというのはいかがでしょうか?」


 「イベントに出場だ?」と男は訝しがる。


 見れば飛鳥も同じように困惑した表情だった。


 「飛鳥さんを主役にしたトーナメントの鉄審空手主催で行っても構いません。……あっ、もちろんユーチューブへアップロードしていただいても結構です」


 鉄審空手主催のトーナメントに飛鳥の招集。


 おそらく、最初から零の目的はそこだったのだろう。


 いきなり、うち主催のトーナメントに参加してくれと頼んでも断られる可能性があった

 

  そのために移籍や引き抜きといった実現の難しい事を最初に言って、トーナメント参加のハードルを下げた。


 現に男は「トーナメント参加か……」と悩んでいる。


 あと一押し、そこで思わぬ所から援護射撃が飛んできた。


 「やりなよ。……無論、俺も参加させてもらう」


 そういったのは倒れていたはずの花 聡明だった。





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