第17話 合気道 武川盛三の場合 ③

 困惑。

 

 まず初めに飛鳥が持った感情は困惑だった。


 次々と繰り出される武川の打撃。 


 上から振り下ろされる手刀。 


 血で閉ざされた視界。そこを狙い、右から右へと繰り出される手刀。


 それが意外すぎるほどに鋭い。


 そうかと思えば、真っ直ぐに右ストレートが飛んでくる。


 動揺。


 (待ってくれ。合気道が手刀を使うのって、刀を持った相手に見立てて技をかけるためであって、攻撃のためじゃないだろ!)


 飛鳥は動揺していた。それほどまでに武川の攻撃は激しかった。


 それを避けて、あるいは受ける飛鳥。


 やがて――――


 「なるほど」と納得する。


 手刀。


 意外と実戦的。


 大きなモーションから攻撃を読めると思っていたが、実際はその逆だった。


 なんせ、最初から振り上げている状態が構えなのだから……


 後は左足の踏み込みと同時に左の手刀を振り落とすだけ。


 その攻撃には、ほとんどモーションがなく、予備動作……つまり、攻撃を開始するために準備の動きもほとんどない。


 非常に避けづらい。


 目から鱗。 自分の引き出しにはなかった理合に感動すら覚える。


 それから飛鳥は思い出す。


 アスリートに必要な才能に視力と記憶力を上げる科学者がいる事を。


 その科学者が行った実験はバレーボールの選手に写真を見せるというもの。


 選手がスパイクを打っている写真を一瞬だけ見せて、どこに打つのか瞬時に判断してもらう実験だ。


 その結果――――


 バレーボールの一流選手は、写真の選手がスパイクを打つ位置を言い当てる事に成功した。


 しかし、それだけではない。 言い当てたのは、その選手がスパイクを打った試合の対戦相手、試合の日時、時間帯まで正確に言い当てたのだ。


 繰り返すが、一瞬だけ見せた写真だ。


 まるで瞬間記憶能力者だ。


 おそらく……


 一流のアスリートは、過去の膨大な練習、試合の経験から必要な記憶だけを瞬時に取り出し、それに適した動作を行っているのではないか?


 そういう仮説が生まれた。


 それを初めて知った飛鳥の感想は


 「おいおい、流石に大げさ過ぎやしないか? 話、盛ってない? そんなに記憶できるわけないじゃん」


 と言うではあったが……


 だが、この話を逆説的に考えてみる。


 過去の記憶を呼び覚まして適切な動作を再現しているのが一流のアスリートだと言うならば――――


 

 未知の攻撃。経験した事のない攻撃に極端に弱くなるという事だ。



 現に防戦一方に飛鳥。 前に、前にと出てくる武川の猛攻に防御も遅れが見えてくる。


 通常の四角リングと違い、八角形は空間が広く使え、逃げやすいという特徴があるのだが……やがて、逃げ切れなくなり武川から滅多打ちにある未来さえ見え来た。


 そんな時だった。


 パーンと鳴り響く打撃音。


 ローキック。 飛鳥が武川の足を蹴ったのだ。


 一瞬、武川は驚きの表情を見せ――――


 「天才め!」と呟いたかと思うと、再び攻撃を開始する。


 下がる飛鳥。 前に出る武川。


 再び、打撃音。 飛鳥のローが入る。


 それでも前に出る武川。その顔に渾身の右ストレートが叩き込まれる。


 ダウンを奪うほどの手ごたえは感じなった。


 だが、前に出続けていた武川の足が完全に止まった。


 年の差だろうか? 攻めていたはず武川に疲労の色。呼吸は乱れている。


 ふー ふー と荒い呼吸を3つ。 それから武川は


 「凄い才能だね。君……普通の人間は後ろに下がりながら、強いパンチやキックを打てるもんじゃないはずなのに……」


 先ほど受けた右ストレートのダメージだろうか? 武川の鼻から血が流れ落ちた。


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る