第9話 空手家 内藤隆の場合⑨

 必殺のコンビネーションだった。


 倒れた飛鳥を見下ろしながら、その瞬間を内藤は思い出す。


 ロープ際で飛鳥を押し込み、ボディを拳を叩き込んだ。


 一定のリズムで、一定の強さで…… そうすると、相手は他の攻撃への意識が散漫になる。 まだだ……仕掛けるのは、もっと嫌がる瞬間。


 ほら、来た。 無理やり、俺の体を押して逃げようとする。


 狙いは開いた脇の間。その僅かな隙間へ拳で打ち抜く。


 飛鳥は驚いた顔を見せてから苦痛の顔へ変わった。


 そりゃそうだ。 ワキの下を殴られる経験なんて、そうそうないだろう。


 人体には脂肪も筋肉も少ない箇所が多々ある。 ワキもそうだ。


 さらにワキの下には神経が集中している人体の急所。


 だから、次の攻撃ほんめいに対処できない。


 上段回し蹴り


 側頭部に確かに入った蹴り技。


 飛鳥はダウンしており、その眼は焦点があっていない。


 だが、俺には確信がある。再び、飛鳥は立ち上がってくると……


 あの瞬間、飛鳥が見せたのは驚異的な反射神経。 対処できぬタイミングでの蹴りを飛鳥は腕を上げてガード。 完全とは言わないまでも蹴りの衝撃を殺してみせたのだ。


 「これがユーチュバーの肉体というものなのか」と自然と賞賛の声が漏れてしまった。


 撮影のために、わざと盛り上げる展開を作る……試合作りのために防御が卓越している。

 

 少し尊敬している。もしかしたら俺にも……今までと違う生き方ができるかもしれない。


 そう思わせるような不思議な力が飛鳥から感じられた。


 俺は、倒れた飛鳥から離れて正座して立ち上がるの待つ。


 これは礼儀である。


 立ち上がってくるとわかっているなら、今のうちに追撃をしかければいい。


 そう思う者もいるかもしれない。 そして、それは正しい。


 だが、俺はしない。 なぜなら、飛鳥もしなかったからだ。


 郡司飛鳥 どうのような格闘技を身につけているのかは未知だが……


 彼の肉体から、打撃の専門家ではないという事は十分に伝わっている。


 だが、彼は、この戦いでは打撃のみの戦い方をしている。


 その理由は、俺が空手家だからだ。 俺が空手家だからこそ、飛鳥は投げも寝技も使わない。


 それはユーチュバーとしての矜持なのかもしれない。


 だから、俺も倒れた飛鳥に追撃は加えない。 空手家として立って戦う。


 あぁ……こんな気持ちは初めてだ。 倒すべき相手に立ち上がって欲しいなんて願うなんて……


そもそも、あのコンビネーション。 腹部を叩き、逃げようとする相手のワキを叩き、最後に蹴りで仕留めるコンビネーション。


 あれは、実戦で使う技だった。 こういう表側で使う技じゃない。


 例えるなら路上での仕事・・。 刃物や銃を持っているかもしれない相手を奇襲で押さえ込み、武器を取り出そう脇が開いた瞬間を狙って倒すために研磨してきた。


 初めて排除すべき人間以外に使用した。


 それは、ある意味では飛鳥への信頼。 裏技と使用しないと倒せないという強者への信頼。


 内藤は宙に顔を向けて笑った。


 「あぁ、楽しいなぁ。こんなにも戦いが楽しいなんて思うのはいつぶりだろうか?」


 それは強烈で凶悪な笑みだった。


 その直後だった。飛鳥が立ち上がったのは……


 

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