第8話 空手家 内藤隆の場合⑧
飛鳥、生存なる……と言っても、体はロープにもたれかかった状態で動けない。
一方の内藤もうつ伏せの状態で動いてはいない。
これが、何らかの正式な試合なら両者ダブルダウンで10カウントを終え引き分けに終わっていただろう。
しかし、これはそういった試合ではない。
すでに1分、2分と経過している。
「動けるか?」と飛鳥。
「あぁ」と内藤が返事をする。
それを合図に両者はゆっくりを立ち上がる。
「まだ必殺技は実戦レベルではなかったな」と内藤はヘラっと笑う。
「……アンタ、怖いよ。さっきまで人を殺す気だったのに平気で笑ってる」
「そういう物なのかい? けど、俺は俺よりも生き残ったアンタの方が怖いよ」
「それ、イカレてるよ」と飛鳥は言い、拳を構えた。
もう内藤にはロングレンジからの攻撃はない。
本人は隠しているつもりだろうが、わずかに足を引きづっている。
さきほどの前蹴り。そのダメージが足にまで来ている。
その事は無論、飛鳥も気づいている。
だが、捨てられない。 演技の可能性を……
ダメージを受けたフリをして再び、内藤の必殺技が飛んでくるかもしれない。
それを考えた。だから、反応が遅れた。
内藤が前に出る。
その動きは速かった。 しかし、先ほどのように消えて見えるような動きではない。
頭部を守るように防御の体勢。素早く間合を縮める。
飛鳥は、そう考えた。 しかし、違った。
そのまま突っ込んでくる内藤に対して、
(体当たりか!?)
ここでも反応の遅れ、結果、顔面は激しい痛みと衝撃に襲われた。
内藤は体当たりと見間違えるモーションで肘を叩きこんだ。
相撲で言う、かち上げ。
そのまま飛鳥の腰を掴み、押していく。
相撲で言う、電車道。
気がつけば土俵際―――違う。リングのロープ際だ。
飛鳥を大きく上回る体格と力。 背後のロープへ押さえ込まれて飛鳥は動きを封じられた。
そこから、ゴッ、ゴッと内藤はボディブローを打ち続けてくる。
相撲空手
心無い者は一部のフルコン空手に対して、相撲空手と呼ぶことがある。
足を止めて、腹部と殴りあう事への侮蔑である。
だが、できるか?
鍛えられた者同士が腹部を黙々と殴りあう戦いを?
飛鳥は、積み重なれて行くダメージに焦りを見せ始めた。
地味すぎる戦法。
視聴者は喜ばない。
しかし、逃げ出せない。 まるで
どうする?
そう考えていると、不意に内藤から圧力が消失した。
何が起き……
飛鳥の意識は途切れた。
後ろに下がった内藤が上段回し蹴りを放ち、飛鳥の頭部を捕らえたのだ。
ダウン。
バタンと倒れた飛鳥。
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