ゲッカビジンのせい


 ~ 十一月二十日(水) ニラレバ炒め ~


 ゲッカビジンの花言葉

        ただ一度だけ会いたくて



 大学受験組への特別講座。

 その裏で行われている。

 そうでない組への授業は。


「よし、こんなもんかな?」

「道久君にしては上出来なの。かっこいい」


 二年生の、技術の授業で使う予定だった木材が。

 大量に余ったとのことで。


 技術室にて。

 木工細工をすることになったのです。


「潜水艦なの?」

「木片をボンドでくっ付けているうちに何となくできました」


 手のひらサイズの。

 ブサイクな潜水艦。


 でもそれだけだと芸がないので。

 横のレバーを引くと。


 曲がった釘で作った潜望鏡が。

 ひょこっと顔を出すようにしてみました。


「ひょこひょこ出るの。よくできてるの」

「そうですか?」

「名前はカツオブシにするの」


 まあ。

 見えなくはないですが。


 なんてセンスのないネーミング。


「そういう君は、何の絵を描いているのです?」


 木工細工だと言っているのに。

 水彩絵の具で。

 青白い模様ばかりを描き続けているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をティアラ風に編み込みにして。

 後頭部から、美しいゲッカビジンを一輪生やしているのですが。


 せっかくのお姫様も。

 お昼にニラレバ炒めを食べ過ぎて。


 ちょっぴり眠たそうに。

 大口を開けてあくびをすると。


 奥歯の奥の方に。

 緑色した何かが挟まっているのが見え隠れ。


 お姫様ムード。

 台無しなのです。



「いつもならもっと凄いのを作りそうなシチュエーションですが」


 さきほどから眠たそうにする穂咲さん。

 今日の作品は、芸術性の欠片も無くて。


 ただ木材をくっ付けただけの大きな四角い箱。

 そこに画用紙をペタペタ張り付けると。


「ふわあ……、むにゅ……。完成なの」

「なんだか、でかいだけで適当感がハンパないのです」

「そんなこと無いの。よくできてるの」

「これ、なんです?」

「ワカサギ釣り」


 ワカサギ釣りって。


 木工細工で。

 ワカサギ釣りって。


 言われてみれば、青白い氷上に。

 丸い穴ぼこがいくつも開いていて。


 側面に貼ってある画用紙には。

 氷の下を泳ぐワカサギの姿。


「やっぱりやる気ないように見えるのです」

「そんなこと無いの」


 俺の言葉を否定しながら。

 大あくびをする穂咲さん。


 むにゅむにゅと目元をこすると。

 割り箸の釣竿を振って。


 先端から下げた糸を穴に落としながら。

 呑気に鼻歌など歌い始めるのでした。


「……何と言いますか。君は人生を満喫していますね」


 ある意味では。

 釣りの醍醐味。


 釣れるでも釣れないでもなく。

 ただ、水に糸を落として。


 ぼーっと、ウキを眺めるその時間。

 贅沢で、幸せなものなのです。



 俺は肩でため息をついて。

 穂咲の鼻歌を聞いているうちに。


 ふと、記憶の中のメロディーが。

 耳によみがえった気がしたのですが。


「ららら~らら~? ……違うなあ」

「まだ探してるの?」


 どうやらただの勘違い。

 思い出すことはできなかったのです。


「う~ん。どんな曲だったのやら……」

「そんなのより、あたしの探し物探すの」

「なにか探していましたっけ?」

「そんなのあたしが覚えてるわけないの。道久君の仕事なの」


 またそれですか。

 でも、いつも以上に。

 逆らっても無駄でしょう。


 君は眠たそうに。

 うとうとしていますし。


 でも、そんなことでは。

 ワカサギが針に食いついても気付かないのではないですか?


「……ああ。そう言えば、何かを探していると言っていましたっけ」

「思い出した?」

「最近、君が探していたもの……、辞書?」

「あ。それなの」

「だったらすでに見つかってるじゃないですか」


 相変わらずのボケっぷりに。

 俺まで眠たくなってきて。


 穂咲の釣り糸を。

 ぼーっと見つめながら考えます。


 そういえば。

 思い出のメロディーだけじゃなくて。

 辞書の謎もあったのですよね。


 おじさんから借りたはずなのに。

 借りたのは小学校の頃って。


 どういう意味なのでしょう。


「穂咲、教えていただきたい事があるのですが。あの辞書……」

「あの辞書、なんで道久君がずっと盗んでたの? 理由があるなら教えて欲しいの」

「…………君が置いていっただけです」


 そうだっけと。

 首をひねる穂咲さん。


 君が鈍くて。

 助かりました。


 少し眠たかったからといって。

 俺はなんて質問をしているのでしょう。


 辞書の事は、生涯封印なのです。


 だって、おじさんから借りたと正直に答えたら。

 借りた理由まで。

 つまり、小学生の頃、穂咲にラブレターを書くために借りたことまでばれてしまいそう。


「……君が、勝手に置いてったのですよ」


 だから俺は念を押して。

 話を逸らすことにしたのです。


「しかし、木製の釣り堀とは。大人のホビーなのです」

「子供な道久君にはまだ早いの」

「そうですね」

「こないだはソリ遊びとかするし。子供なの」

「そうですね」


 これだけ不条理なことをいわれても。

 大声ひとつあげない俺。


 十分大人だと思いますけど。


「君にとって、大人な男性の基準ってなんです?」

「釣りしてる時に騒がない人」


 なんですそれ?


「道久君は、大人な女性の基準ってなに?」

「さあ。よく分かりませんけど。君はどう思うのです?」

「わっかのイヤリングできる人」

「……分かる」


 あんなの付けて。

 穂咲みたいにはしゃいだら。

 何かに引っ掛けて大惨事。


 大人だから。

 はしゃがないからこそできるおしゃれ。


 納得なのです。


「君は一生わっかのイヤリングでき無さそう」

「そんなこと無いの。釣りしてる時に騒がないあたしは大人のレディーなの」

「そのみょうちくりんな釣りで騒げたら大したものなのです」


 そして、穂咲と同時に大あくび。

 零れた涙を拭った直後。

 穂咲がのんびり竿を引き上げると。



 ……釣り糸の先に。

 木で作ったワカサギがくっついていたのでした。



「なんだそりゃ!?」

「うるさいぞ秋山!」


 いやいやいや!

 どんな手品使ったのです!?


 慌てて穂咲から竿を奪い取ると。

 糸の先には分銅型のプラスチック。

 その底面が磁石になっていて。


 ワカサギの口には。

 画鋲が刺さっていたのです。


「……ワカサギ釣りなの」

「ゲームだったのですか!?」

「ワカサギ釣りなの」

「俺もやりたいのです!」


 穴の数は二十個ほど。

 見当をつけて磁石を垂らすと。



 かちっ



「おお! 釣れたのです!」

「釣りしてる時に騒がしいのは子供なの」

「あ! 穂咲のより小さい! じゃあ、今度はこっちなのです!」


 そして二か所ほど空振りしたあと。

 三か所目で感じた大物の手ごたえ。


「慎重に、慎重に……! よし! 釣れたぞ大物!」

「騒がしいの」

「これ! よくできてる!」

「秋山! 藍川の作品に感心した声のようだから廊下は勘弁してやるが、次やったら承知せんぞ!」

「でもこれ! よくできてる!」


 呆れ顔の先生にもやって欲しい!

 絶対夢中になるのです!


「そんなかで、一つの穴だけ超大物が入ってるの」

「なに!? よし、そいつを釣りあげてみせるのです!」

「子供な道久君には無理な話なの」

「見ていなさい! ……ここだ!」


 これでも釣りは大の得意。

 今までにないほどの手ごたえを一発で引き当てた俺は。


 慎重に糸を手繰ったのですが。


「なにこれ! びくともしない!」

「超大物なの」

「バラさないように……、ふんぬーっ!」


 ワカサギが動く様子も無いせいで。

 穂咲の言う通り。

 子供な俺はムキになって。


 竿を強引に引きすぎて。


「あっ!?」


 水面から。

 磁石が外れた糸だけが飛び出してきたのでした。


「あーあ。針がお魚にくっ付いたままだと、もう釣りあげられないの」

「え!? これ、もう釣れないの!?」


 穂咲の言う通り。

 穴に入るのは指一本。


 プラスチックに指先は当たりますが。

 引き上げることはできません。


 なんという事でしょう。

 俺が慌てたばっかりに!


「これ、どのくらい大きな魚だったのです!?」

「それはもう誰にも分からないの」

「ああ! 一度だけでいいから会ってみたい!」

「無理なもんは無理なの」


 確かにこの釣り堀は。

 ボンドと釘で完全固定。


 こいつを壊さないと。

 大魚の姿を拝むことはできません。


「なんてこった……」

「逃した魚は大きいの」

「どれくらいのサイズなのです?」

「内緒なの」

「ヒントだけでも!」

「しょうがない道久君なの。じゃあ、ヒントだけ」


 そう言いながら。

 穂咲が箱の横についているレバーを引くと。


 穴から磁石と一緒に。

 潜望鏡がひょこっと顔を出しました。



「カツオブシっ!!!」

「立っとれ」


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