第二十八話 いつにも増して太っ腹……ですわっ!

「メニューが豊富で悩みますわね……」


 放課後の学生で溢れるマックの注文カウンターで志賀郷は眉間のしわを寄せながら考え込んでいた。


「どれでも好きなものを頼んで良いからな。金は俺が出すから」

「なんと! 狭山くん、今日はいつにも増して太っ腹ですわね」

「今日だけだ。だからあまり調子に乗るなよ?」


 あくまで志賀郷を元気付けるだけ。甘やかしている訳では無い。


「おお、今日はさーくんの奢りなんだね! じゃあ私も遠慮なく……」

「お前は自分で払え」


 都合良く便乗してくる四谷を制止する。節約第一の俺が意味もなく余計な金を出すと思うなよ?


「ちょっとー。なんで咲月ちゃんは良くて私は駄目なのさー」

「そりゃあ今日の打ち上げの主賓が志賀郷だからだろ」

「ふーん。じゃあ私が主役の時は奢ってくれるんだね?」

「いや、その時は俺は欠席するだろうな」

「ちょ、なんでやねーん!」


 ぺしっと胸元を叩かれ、典型的なツッコミが入る。四谷のノリは相変わらず良い。


 そんな漫才師のようなやり取りをする中、メニューと睨めっこしていた志賀郷はようやく食べたい物を決めたようだった。


「狭山くん、私これにしますわっ!」

「お、おぅ……!?」


 隣に身体を寄せてきて子供のように「これ!」と指を向けるその先――

 全身に妙な緊張感が走ったのは志賀郷が欲しがる物のせいなのか、はたまた彼女の無邪気な笑顔のせいなのか分からない。しかし、メニューに映る『肉祭りバーガーセット(税込1380円)』という文字はあまりにも衝撃的だった。


 率直に言おう。……高ぇよ。

 でもね、肉10枚挟んでますとか理解が追いつかない謳い文句もあるし美味そうではあるのだが、貧乏系高校生の食事にしては値段が高過ぎる。俺の財布溶けちゃいそう。


 とはいえ、志賀郷の希望を無視するのも気が引ける。今日は落ち込んだ志賀郷を励ます為にマックへ来た訳だし、せっかく笑顔になった彼女を裏切るような言動はしたくない。

 それに……。金にうるさい男は印象が悪いと四谷も言ってたからな。まあ志賀郷なら気にしないと言ってくれそうだが……って何を考えているんだよ俺は。一番大事なのは志賀郷じゃなくて財布の中身だろ?


「ふふ、質の悪そうなお肉ですが妙にそそられる写真ですわね。いただくのが楽しみですわ」


 ディスってるんだか褒めているんだかよく分からない発言をしているが、悪気はないはずなので口は出さないことにする。


「よし、志賀郷はそれで決定だな。俺はどれにしようかな……」

「さーくんそれ本当に奢るの!? めっちゃ高いよ!」


 横から四谷が割り込んでくる。まあ当然の反応だろう。


「知ってる。志賀郷が食べたいって言うんだから仕方ないだろ」

「えぇ……。あのダイヤモンドよりも硬いと噂されるさーくんの財布の紐がいとも簡単に緩むとは……。咲月ちゃん恐るべし」

「俺を一体何だと思ってるんだよ……」


 そんなにドケチのイメージがあるのだろうか。俺だって必要だと思う出費なら惜しみなく金を使っていると思うのだが。


「あの……狭山くん。私、別のメニューに変えた方がよろしいでしょうか。仰る通り値段は高いですし、限られたお金となると……」


 志賀郷は申し訳なさそうな顔をしていた。だが、あざとく見える上目遣いと共に僅かな期待を込める表情も垣間見えた。食べたいという欲求が丸出しである。


「遠慮するな。今日は特別なサービスだ。だから良く味わって食べるんだぞ」

「は、はい! では有り難くいただきますわ!」


 そして希望が通り、安堵した志賀郷は笑顔で喜ぶのだ。実に分かりやすいというか単純な奴だよな。


 しかしながら、まさか天下のお嬢様にハンバーガーを奢って感謝される日が来るとは思わなかったな。自慢話として田端に聞かせてやりたいが、仮に話したところで信じてもらえないだろう。それ程の非日常的な体験が目の前で起こっているのである。


 それから俺が代表で三人分の注文を取り、商品を受け取って座席に移動した。店内は相変わらず多くの高校生で溢れていた。



 ◆



「狭山くん、ナイフとフォークはどこにあるのでしょうか」


 早速食べようとしたところで志賀郷に問い掛けられた。どうやら食べ方が分からないらしいな。


「そんなもん無いぞ。包み紙を半分くらい剥がしてから手に持ってかぶりつけばいいんだ」

「え、それって凄く行儀が悪くありませんの?」

「ここでは普通なんだよ」


 食事の作法としては良くないだろうけど、そもそもジャンクフードのテーブルマナーなんて無に等しいと言えよう。迷惑かけずに食えればオッケーだと俺は思ってる。


「そうですか。では……」


 志賀郷はチラリと周りの様子を見て納得したのか、両手を合わせて一礼いただきますしてから例の10枚肉バーガーにかぶりついた。彼女の小さな口では肉の一部しか食らいつけなかったようだが。


「どうだ、美味いか?」

「はい……! これをお肉と呼べるのか悩ましいですけど凄く美味しいですわ。やっぱり庶民の食事は侮れませんね」


 志賀郷お得意のディスり混じりの褒め言葉が炸裂する。しかし彼女に俺達を煽る意図は無いだろう。目をキラキラと輝かせながら頬張る姿を見れば一目瞭然である。


「ふふ、咲月ちゃんってほんと美味しそうに食べるよね。さーくんも食べたそうにしてるし一口あげてみたら?」


 ここで四谷が悪魔のような提案をしてきた。俺は志賀郷の肉バーガーが欲しくて見てた訳じゃないのだが……。


「それもそうですわね。では狭山くん。一口だけなら……」


 一方で『疑う』という言葉を知らないのか、志賀郷は何の抵抗もなく手元の極厚バーガーを俺に差し出してくる。しかし途中で気付いたようだ。急に顔を真っ赤にしてその手を引っ込めた。


「な、な……! これって間接的に……っ! しちゃうじゃないですの!」

「あらら。流石に二度目は無かったかぁ」

「もう、四谷さんまで私をからかわないでくださいっ!」


 口を結んで怒る志賀郷と面白そうに笑い飛ばす四谷。学校では決して見せない豊かな表情の志賀郷はとても生き生きしていると思う。

 彼女の上品な立ち振る舞いは見た目に合っているけれど、感情がすぐ顔に表れる今の姿の方が可愛いのでは……なんて思う自分もいた。

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