第二十七話 私は全然アリ……ですわっ!

「英語84、日本史91、数学82……。まあこんなもんか」


 俺の机上には無事採点を終えた答案用紙達が並べられている。結果は普通だ。予想より悪い結果では無かったが、決して良かったとも言えない。だが平均点は楽々と超えており、クラス順位も上位になると思われるので学費免除の件は問題ないだろう。これで何の不安もなく夏休みを迎えられるわけだ。


「なーんだ狭山。今回も勝負にならなかったじゃないか。釣れない奴だなあ」

「うるせえ答案用紙破くぞ」


 やはりと言うべきか、田端は当然のように満点を叩き出していた。そして案の定調子に乗っている。あーあ、堕落させてぇ。

 しかし、相手にしていると奴は余計に俺を煽ってくるので、これ以上構うのはやめて代わりに視線を斜め前に向けた。そこには教室内で一際輝く金髪美少女が一人。


 自席に着いている志賀郷の周りにはクラスの女子数名が囲うように集まっていて、俺達と同じく答案用紙の見せ合いをしているようだった。


 声こそ聞こえないものの、志賀郷も「テストの点どうだった?」と問われているように見える。だが志賀郷は手を横に振ったまま苦笑いを浮かべるのみ。なるほど、人に見せられない点だということはよく分かった。期待はしないでおこう。


「おい狭山どこ見てるんだ? 何か面白いものでもあったか」

「え……。別に、なんでもない」

「うーん怪しいなあ。…………もしかして志賀郷さんか?」

「げっ、ち、違うし」


 田端の奴、無駄に鋭いな。


「隠さなくてもいいんだぞ。人を好きになるのは自由だし、恥ずかしいことじゃない」

「だからそうじゃないって」


 もはやこれでは堂々巡りだ。適当にあしらって放っておくことにしよう。


 それから俺は視線を窓の外に向けた。近くの木にカラスが一羽留まっており、やがて新宿副都心のビル群を目掛けて颯爽と羽ばたいていく。

 何気ない日常。不安も悩みも感じさせない平和な一時ひとときがそこには広がっていた。



 ◆



 昼休みになり、例の教室に行くと例の如く四谷が先客として鎮座していた。ちなみに我々にとって隠れ家的存在になっているこの教室は『貧乏同盟事務所』という名前が付けられているらしい。名付け親はまたしても四谷で、関係者外秘の重要事項になっているんだとか。正直どうでもいいけど。


「あれ、志賀郷はまだ来てないのか」

「うん。四限目終わってすぐにトイレに行ったのは見たけどまだ来てないみたいだね」


 言いながら四谷は手元のスマートフォンに指を滑らせる。俺との会話は事務的で答えればいいんでしょ、程度のものだ。普段なら揚げパン競走の報告をしてきたり色々構ってくるのだが珍しく塩対応である。決して嫌ってる訳じゃないと思う(思いたい)が、冷たい態度を取られると少し寂しい。


「まあテストの結果はあまり良くなかったみたいだしな。こっちに来るのも気が引けているんだろ」

「ふーん。……ってかさーくん咲月ちゃんのテスト見たの? 分かってる風な言い方だったけど」


 俺も四谷と同じく事務的に答えを返したつもりだったのだが、彼女はスマホの操作を止めてこちらに顔を向けてきた。なにやら意外とでも言いたげだ。


「いや、見てないけど。ただクラスの女子と話してるあいつを見ていたら大体分かった気がしてさ」

「ほほう……。つまりさーくんは今日ずーっと咲月ちゃんに熱視線を送っていたと」

「勘違いするな。たまたま目に入っただけだ」

「たまたま、ねぇ」


 うん、これは全く信じてもらえてないな。口角を上げてニヤニヤ笑う四谷を横目に俺は用意されたいつもの椅子に腰掛ける。


「四谷はどうなんだよ。挽回できそうか?」

「うん、私は多分大丈夫。答案見る?」

「いや、点数だけ言ってくれればいい」

「ちょっとー。さっきからなんか私に冷たくない? もっとコミュニケーション取ろうよ!」

「あのさ……。最初に冷たくしたのは四谷だからな?」


「あ、来たの?」ぐらいのノリでぶっきらぼうな顔をしていたのは貴方ですからね。その時スマホから目が離せなかったとか理由があったのならまあ……仕方無いと思うけど。



 ガラガラッ



 四谷の塩(対応)加減が元に戻ったところで部屋の引き戸が開かれ、廊下から志賀郷が顔を覗かせに来た。


「おう志賀郷。今日は遅かったな」

「えぇ。お手洗いに行ってたものですから……」


 どこか余所余所しく小声で話した志賀郷はゆっくりとした足取りで俺の隣の椅子に腰掛ける。顔を見れば、不安と恐怖が入り混ざったような浮かない表情をしていた。もはやここまでくれば俺も四谷も身構える必要はないくらいだ。


「その……大変言いにくいのですが……」

「テストの点だろ? 大丈夫だ。見せてみな」

「……! で、でも……」

「怒らないし貶したりもしないから。そこは安心していい」

「…………分かりました。では――」


 俺の言葉に安堵したのか、志賀郷はコクリと小さく頷いてから手に持っていた紙束を目の前に広げた。さて、肝心の点数はいかほどか……。


「これは……なるほど」


 答案用紙に書かれた数字はどれも30前後。平均点には遠く及ばない結果となっていた。これだと学費免除を受けられる可能性は限りなくゼロに近いだろう。なにしろ前提条件が『成績優秀者であること』だからな。


「咲月ちゃん……。でも、前よりは良い結果になったんだよね?」

「ええ。前回の中間テストの約二倍の点数は取れてますけど……。皆さんと比べたらまだまだ見るに堪えないものですわ」


 きっとテスト勉強は沢山したのだろう。努力の結果は確かに表れている。しかし目標には届かなかったのだ。残酷ではあるが、学費の補助を受けられなければ今までと何一つ変わらない。数日間の努力も水の泡だ。


 でも……。あまりにも酷く落ち込む志賀郷を見ていたら、俺は同情せざるを得なくなってしまった。

 志賀郷こいつは頑張ったのだ。決してサボっていた訳じゃない。ならば俺達はその頑張りの分を認めてねぎらえばいい。


「志賀郷……。今日の放課後、打ち上げ行くか」

「え……?」


 俺の提案に驚いているのか、志賀郷は目を丸くしてこちらを見つめる。今日はバイトのシフトは入っていないので時間はあるはずだ。


「まだ駄目って決まった訳じゃないだろ? 悔やんでも仕方ないし、ぱぁーっと飯食って元気出そうよ」

「狭山くん……」

「四谷もそれで構わないよな?」

「もちろん。明るく前向きにいこう!」


 四谷は片腕を高く突き上げて俺に賛同してくれた。正に彼女が言った通り、ポジティブシンキングが俺達貧乏人にとっては重要なのだ。


「じゃあ場所はどこにするか。できるだけ金のかからない所がいい」

「そうだねぇ。ならマックにしようよ。私クーポンあるし」


 そう言って再び手元のスマホに目を落とし、するすると指を滑らせてから画面を俺達に見せてきた。


「新発売のトノサママック食べたかったんだよねー」

「うわ、値引き後で450円とか高っ! 四谷お前正気か?」

「はぁ……。あのさ、私はさーくんの事情知ってるからいいけどさ、もし自分の彼女とかに同じセリフ言ったらドン引きされるよ?」

「知るか。俺は彼女より金を優先するタイプなんだよ」


 これだから恋愛はコスパ最悪なのである。自分の面子を保つ為に散財するなんて馬鹿げてると思うのだ。


 呆れ顔の四谷がまた懲りずに反論したいのか口を開きかけたが、ここで志賀郷が遮った。


「私だったら引きませんけど。庶民らしい堅実的な考えだと思いますし、全然アリですわ」


 おお、まさか志賀郷が俺のフォローをしてくれるとは思わなかったが……。こいつも段々と貧乏人の生きる知恵とやらが分かってきたみたいだな。

 しかし、感心する俺をよそに四谷は何故かニヤニヤと笑っている。今の部分でおかしな所あったか……?


「だってさ、さーくん。良かったじゃん」

「は、何言ってるの?」

「そうですよ四谷さん! 私は狭山くんに意見しただけで別にそんな……」

「志賀郷も急に慌ててどうしたんだ?」


 恥ずかしそうな表情で反論する志賀郷と「またまたぁ」と笑い返す四谷。そして二人の会話の意図が分からない俺は、蚊帳の外に追いやられたかのようにただ眺めることしかできなかった。

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