第116話

 小森 翔太


 夏川さんと過ごした――あの地に足つけない非日常が楽しかったことを自覚してすぐのこと。

 僕と泉さんが目撃したのは観覧車で熱い抱擁をかわす恋人――砂川くんと夏川さんだった。

 あまりに早すぎる失恋(あえてそう表現させてもらう)に驚きを隠しきれない僕。

 希望を持った瞬間に絶望。

 ははっ、ウケる。

 とまあ、見事に道化ピエロとなってしまったわけだけど、隣にもっとすごい方がいらっしゃるわけで。

 悪霊を召喚しかねない禍々しい念を感じ取っていた。

 さらに言えば観覧車のペア決めは砂川くんからの提案であったわけで。

 まさか寝取らせの最中に我慢できなくなって夏川さんと二人きりになりたかったとか……?

 ダメだ。ちょっと次元が違いすぎる。

「――さて、私たちも逝きましょうか」

「どこに⁉︎ えっ、いやどこに行く気⁉︎ 明らかに『行く』のニュアンスが違ってましたよね……⁉︎」

「そんなこと言わずに逝きましょうよ。ほら見てください。この美しい金髪。名前のとおり天使でしょう? 美少女と二人きりになれるんですから翔太さんも悪い気はしないと思いますけど」

「逝くなら一人で――と突き放すのも酷だな。なんだこれ。どう対応すればいいんだ……!」

「……じゃあいいです。一人で乗りますから」

「待って泉さん! 早まるのは――って、乗る? いま乗るって言いました?」

「はい。良かったら一緒にどうかと思ったんですけど」

 泉さんの言う『乗る』とは間違いなく観覧車のことを指している。

 を受け止められない僕の脳は拒否反応を示してパロディに逃げてしまっていた。

「――僕はもうエヴァには乗りません」

「観覧車ですけど⁉︎ なんで凡用人型決戦兵器を拒絶するパイロットになってるんですか!」

「別れ際に、さよならなんて悲しいこと、云うなよ」

「だから言ってませんけど⁉︎ あの、現実逃避したくなるのはわかりますけど、いま私は漫才できるような心境じゃ――」

「笑えばいいと思うよ」

「笑えるか! こっちは二股されたあげく、熱い抱擁をかわしているところを目撃したんですよ⁉︎ サイコパスじゃないですか!」

「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」

「翔太さん⁉︎」

「……ごめんなさい。これから待ち受けているであろう修羅場を想像したら脳が軽く拒否反応を起こしてしまって」

「……ふざけるのも時と場合を考えてくださいよ……見てくださいよこれ」

 こちらに向けてくる泉さんの手は小刻みに震えていた。

 一番怖いのは彼女に決まっている。

 だって

 間違いなく修羅場になるであろうその決断に僕は生唾を飲み込む。

 なんかここ最近、激動が過ぎるような……そう言えば女難がどうとか占われていたし、冗談抜きでお祓いに行こうかな?

「――決着をつけに行きます。翔太さんはどうします? 夏川さんに思いの丈を一緒にぶつけますか? それとも――」

 正直に言えば怖い。

 修羅場が待ち受けているだけじゃなく、初めて主体性を持って行動するからだ。

 これまでずっと、ずっっっっと傍観者を決め込んでいたこの僕が。

 けれど泉さんの一途な想いをずっと目の前で見て来たからかな。

 偽装恋人でも構わないからもう一度隣に立ちたいと思ったから。願ってしまったから。

 だから僕はその想いを柄にもなく観覧車から下車した夏川さんに伝えようと決心していた。

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