第105話
小森翔太
サングラスにカツラという見るからに怪しい女性を見つける僕。
透明のガラスから手を振っていた泉さんの元に駆けつける。
「こっちです、デビットソン田中さん! 早く来てくださいデビットソン田中さん! 急いでデビットソン田中さん‼︎」
いや、デビットソン田中って言いたいだけやん。
関西弁でツッコむ僕。
泉さんの変装が目立つ格好と相まって視線の集中砲火だ。
「わかりました! 行きますから! 行きますからちょっと静かにしてもらえます⁉︎」
☆
泉さんの隣に腰をかける僕はなんと言っていいのかわからなかった。
ここで衝撃的なことを打ち明けると僕の胸ポケットに収められているスマホのイヤホンジャックには音を拾うためのマイクがはめ込まれている。
そう。以前のオペレートと同じだ。
ということはダブルデート開幕から占いまでの会話が全て泉さんに伝達されているわけで。
やはりお通夜まっしぐら。言葉がない。
「はぁーあ!」
「⁉︎」
盛大なため息をこぼしたかと思いきや、ガンッと机に突っ伏す泉さん。
見た目が不審者だけに行動まで怪しいと、オーディエンスの皆様も見てはいけないものと認知するわけで。
さっきまで注目されていた視線が霧散する。
いやまあわかるよ? 泉がいたたまれないことは痛いほどわかるよ?
だって目の前で彼氏が別の女の子とデートしてるんだから。
しかもダブルデートと来た。
僕は店員を呼んですぐにパフェを注文する。
泉さんをこの世界に留めておくためには糖分のチカラに頼るしかない!
「……認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものは」
「どうしました⁉︎ 突然赤い彗星が僕の鼓膜を通り過ぎていきましたけど⁉︎」
「どうやら翔太さんの推理を認めざるを得ないようです」
「えっ?」
「ほら、健吾さんのその……特殊な癖のことですよ」
「……あー」
ダブルデート開幕から僕たちの会話を聞いていたということは砂川くんの不自然な発言も耳にしていたわけで。
思い返してみても泉さんが受けた衝撃は相当重たかったはずだ。
「夏川さんと付き合っておきながら翔太さんに彼女の私服を褒めさせるって……もうガチじゃないですか! マジの変態、ど変態じゃないですか!」
机に拳をドンッとぶつけて嘆く泉さん。
ああっ、散っていた視線がまた僕たちに集中して……! もはや蜂の巣だよ!
「極め付けは占いですよね? 夏川さんと翔太さんがどうすれば上手く行くのか聞いていたし……」
「ええ、まあ……それに関してはさすがの僕も驚きを隠せませんでした」
「はぁーあ!」
机を涙で濡らしながら突っ伏す泉さん。
多分、ふざけないと精神が保たないからだろうけど、突然、振りがくる。
「いきなりですけどね」と泉さん。
僕は悩んだ挙句、半ば反射的に「はいはいはい」と応答してしまっていた。
やめておけばいいのに。そんな声が世界の外側から聞こえてくる。
心の底から後悔することが分かっているからだ。
しかし泉さんのそれを拒絶することはこの場における僕の存在価値を否定するようなものだ。
乗っからずにはいられない。
泉:「うちのオカンがね」
僕:「ほー」
泉:「娘の好きな異性がおるらしいんやけど」
僕:「あっ、そーなんや」
泉:「その名前をちょっと忘れたらしくてね」
僕:「ほー。娘の好きな異性を忘れてもうて、どうなってんねんそれ」
泉:「でまあ色々聞くんやけどな」
僕:「おー」
泉:「全然分からへんねんな」
僕:「分からへんの?」
泉:「おー」
僕:「いや、ほな俺がね、おかんの娘の好きな異性、ちょっと一緒に考えてあげるから」
泉:「おー」
僕:「どんな特徴ゆうてたかってのを教えてみてよ」
泉:「あのー容姿が整ってて」
僕:「ほーほーほー」
泉:「長身で何をやっても完璧やって言うねんな」
僕:「おー――健吾くんやないかい。その特徴はもう完全に健吾くんやがな」
泉:「健吾さんなぁ……」
僕:「すぐ分かったやんこんなんもう」
泉:「でもこれちょっと分からへんのやな」
僕:「何が分からへんのよー」
泉:「いや私も健吾さんと思うてんけどな」
僕:「いやそうやろ?」
泉:「オカンが言うには恋人のことを一途に愛しているって言うねんな」
おおっと遂に来たぞ! 来てしまったぞ!
続けるべきかどうか逡巡する僕。
しかし泉さんは乗りかかった船だろうとばかりにこっちを睨んでくる。
仕方ない。行くしかない!
この間脳内思考にしてコンマ1秒だ。
僕:「あー、ほな健吾くんとちがうか」
泉:「あー」
僕:「健吾くんが一途なわけないもんね」
僕のツッコミに泉さんは「げふっ……!」と吐血する。
真っ白な机に不吉な血痕が飛び散っていた。
しかもタイミングの悪いことに、
「おっ、お待たせしました……パッ、パフェでございます」
ひぃやああああああああああああああああああああああああーッ!
店員がめちゃくちゃ引いてるじゃん!
いや、そりゃそうだよ! サングラスにカツラ、しかも机に吐血するような不審者だからね!
しかも悪ノリで恋人を弄り倒すような漫才までやってるんだから! そりゃ引くよね! ドン引きだよね!
店員はいつもの2.5倍ぐらいのスピードでパフェを机に置いてそそくさとその場を後にする。
辛い! 色々と辛い!
何が辛いってこの場に誰一人悪者がいないってことだ!
「うぐっ……! いまのは痛かった……痛かったぞおおおおっー!」
「ちょっ、うるさいですよフリーザーさん!」
「失礼、少し取り乱しました」
「いや誰がどう見ても少しの域じゃありませんでしたよ」
パフェの到着と同時にサングラスとカツラを外し、綺麗な金髪モードに戻る泉さん。
えっ、ちょっ⁉︎
「うるさいですねデビットソン田中さん」
「いやいやいや! なんで変装を解いているんですか……! こんなところ誰かに目撃されたら!」
「大丈夫ですよ。パフェを食べる間だけですから」
「いやっ、でも……」
「いいからいいから。好きなものを食べているときぐらい我慢したくないんです。それより続けますよ漫才」
「続けるんだ⁉︎ 口から血を吐いておきながらまだ続ける気なんだ⁉︎」
「この際、私はあまりのショックで壊れかけていることは認めましょう」
「認めちゃダメじゃない⁉︎ 良かったら一緒に病院へ――」
「良かったら一緒に産婦人科へ、ですか。……はぁ。翔太さんも結局は男なんですね」
「ダメだ! 精神科だ! 今すぐ精神科へ搬送しないと!」
泉:「そやねん」
問答無用で掛け合いを継続してきただと⁉︎
どっ、どうする僕……? 今の泉さんは間違いなく変なテンションになっている。いや、そりゃそうだよね。
一体どこの世界に恋人が別の女の子とデートしているところを目の当たりにしておきながら、寝取らせ説が濃厚になりつつある現状を受け入れられるというんだ! 泉さんの精神が壊れかけていてもおかしくない!
だったら僕がしてあげられることはたとえ荒療治だったとしても……。
閉じていた瞼をカッと開き、満を辞して、
僕:「健吾くんはね、泉さんというものがありながら夏川さんとダブルデートしてんのよあれ」
泉:「ぐはっ……!」
僕:「しかもね、僕に腕を回しながら夏川さんを褒めて欲しい変態なのよあれ」
泉:「そっ……そやねん、そや……ねん」
僕:「健吾くんってそういうもんやから。ほな健吾くんちゃうがなこれ」
泉:「そやねん」
僕:「あれほなもう一度詳しく教えてくれる?」
泉:「なんであんなにカッコいいか分からんらしいねん」
僕:「健吾くんやないかい。男の僕でも腕を回されたときドキッとするぐらいいい匂いやからあれ」
泉:「おー」
僕:「でも僕はね、あれは女子受けもいいからやと睨んでんのよ」
泉:「ぐはっ……!」
僕:「僕の目は騙されへんよ、僕騙したらたいしたもんや」
泉:「うっ、うっ……ぐすっ」
僕:「ほんであれよ、すごい筋肉も持っとんねん」
泉:「おー」
僕:「僕はなんでもお見通しやねんから」
泉:「ほーなー」
僕:「健吾くんやそんなもんは」
泉:「ぐすっ……ぐすっ……分からへんねんでも」
ええっ? 鼻声になりつつあるのにまだ続ける気ですか泉さん?
もうそろそろいいんじゃ……。
チラリと泉さんに視線をやるとやけ食いとばかりにパフェを頬張る姿が。
焼けくそなんですね。わかりました。最後まで付き合います。
僕:「何が分からへんのそれで」
泉:「私も健吾さんやおもうてんけどな」
僕:「そうやろ」
泉:「オカンが言うには」
僕:「ほー」
泉:「生涯を誓い合えるって言うねんな」
おおおおっと!!!!
ここに来てとんでもないものをぶち込んできましたね泉さん!
言っておきますけれど全部が全部僕の本音っていうわけじゃないですからね⁉︎
あくまで付き合わされている前提だってことを忘れてないでくださいよ⁉︎
僕:「ほな健吾くんちゃうか」
泉:「げふんげふんげふんっ……!」
僕:「二股だけならいざ知らず寝取らせにまで手を出されたら安心して夜も寝てられへんもんね」
「うっ、うう……うわああああああああああああああーん!!!!!!」
まるでダムが崩壊するように泣きじゃくる泉さん。
やっ、やってしまった……! ツッコミの機微を調節しないといけないのに泉さんの胸にナイフを突き刺すようなことをやってしまった!
「翔太さんが……うっ、ううっ……翔太さんがいじめるぅぅぅぅぅぅっー!」
((((じーっ!))))
ダブルデートなんてこれまで無縁だったイベントに少しばかり、ほんの少しばかり楽しみだった時期が僕にもありました。
けれどそんな淡い期待は塵となって吹き飛んでしまったよ。
今日のダブルデートだけれど……全然楽しくない!!!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます