第92話

「もちろんである私だよね、翔ちゃん?」

 小森翔太の腕に抱きつきながら、上目遣いで確認する高嶺。

 あざとい仕草はお手の元だが、心なしか恥ずかしそうである。

 その証拠に彼女の心臓はバクバクしていた。音や鼓動がバレていないか照れている様子も窺える。


 柔らかい感触に半身が包まれる小森翔太。

 どう答えるべきか頭を悩ませる。

(普通に考えたら今カノである繭姉一択なんだろうけど……)


「いいえ。である私よね、小森くん?」

「「夏川さん⁉︎」」


 なんと夏川も小森の腕に抱きつきながら感想を促してくる。

 流石にこの言動は小森にとって処理能力が追いつかないものだったのか、


(えっ、ちょっ……なにこれ⁉︎ また元カノと今カノの修羅場みたいになってるんだけど⁉︎ というか、砂川くんの前で僕に抱きついたりなんかしたら――)


 ラブホテルで鉢合わせた場面を思い出した小森の顔から血の気が引いていく。 

 側から見れば羨ましい状況にも拘らず彼の全身に鳥肌が立っていた。


(――おっ、今日はずいぶんと積極的じゃねえか! いいぞ、やっちまえ! 高校生にしちゃ発育の良い身体を押し付けて今度こそ小森を狼にするんだ姉さん!)


 黒い笑みを浮かべる砂川。彼の背景にゾクリと擬音が書かれているように見えるほどである。

 おそらく姉の積極的な言動に興奮したのだろう。ブルっと全身を震わせていた。


 それを目にした小森はと言えば、


(禁断の性癖に目覚めたような何とも表現し難い笑みを浮かべてるんだけどおおおおーっ‼︎ ええっ⁉︎ 仮にも恋人がラブホテルから一緒に出てきた間男に抱き着いているんだよ! そんな状況で彼氏であるはずの砂川くんが笑みを浮かべながら全身を震わせているって……やっちゃった! 完全にやっちゃったよ! 小森翔太という脇役モブのせいで十代の少年には早すぎる特殊な性癖寝取らせをミュータントの砂川くんに開花させちゃった! 国宝に落書きしたような罪悪感だ!! もう首を吊るしかないんじゃない⁉︎)


 目に渦を巻きながら、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいと胸で呟く小森。

 けれどヒロインズは逃避を許すわけもなく。すぐに過酷な現実へと連れ戻されることになる。


「どっちが好みかしら⁉︎」「どっちが好みなの⁉︎」

 答えを導き出すことができない小森に痺れを切らした元カノ&今カノは抱きつくチカラを強めてくる。

 まさしく両手に花、否、正確には両手に薔薇の棘が正しいからもしれない。

 ある意味、小森翔太は血まみれになっていた。

 

(すっ、すごい! 二人とも本気だ……繭姉はライバル心から必死だし、夏川さんも砂川くんとのプレイがあるからこれ見よがしと言わんばかり。なにこの嫌すぎる板挟み。もしかして僕の前世は殺人を犯したのか⁉︎)


 小森は一縷の望みをかけて砂川に視線を送る。

 助け舟の出港を期待しての行動だったのだが、


「おいおい聞かれてるぜ翔太。答えてやったらどうだ?」

 

 小森はこれまでの人生で初めて格上の男子に似合わない感想を抱いた。


(この役立たず!!! 変態! ど変態め!)

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