第81話

「また屋上に呼び出してしまって悪いわね」

「……一体どういうつもりなのかな?」


 屋上に呼び出された高嶺は頬をピクピクさせながら問う。

 彼女の堪忍袋の尾は切れそうだった。

(なんでまたよりにもよって屋上なんだよ! この後の展開次第じゃマジで突き落とすぞてめえ!)


「単刀直入に申し上げるわ」

(やべえ。何か良くないものが駆け上がってきたぞ」

「ちょっ、ちょっと待って。心の準備をさせ――」


「ごめんなさい高嶺さん。申し訳ないけれど翔太くんのことは諦めてもらえるかしら」

(はっ、はああああああああああああああああーっ⁉︎ おまっ、ちょっ、マジでふざけんじゃねえぞ! なんだこの既視感デジャブは! つーか、いま小森のことを翔太くんって名前で呼んだか? ふざけんじゃねえぞ! あいつを下の名前で呼んでいいのは私だけだっての‼︎)


「どっ、どういうことかな夏川さん? いい加減にしてもらわないと流石の私もキレるよ? (本当はもうブチ切れてるけどな!)」


「先週、翔太くんとラブホテルに行ったわ」


(いい加減にしろって忠告しただろうがああああああああああああああああッッー‼︎ おめえ、耳ついてんのか⁉︎ 言いか? 状況をもう一度整理しておくぞ? 私と小森は対外的に恋人関係。それは周知の事実だ。そして夏川、お前は高校一、いや下手すりゃ全国でもトップクラスの美少女様。きちんと撮影すれば『奇跡の一枚』のアイドルさえ凌駕するだろう。そんな奴が寝取った発言だぞ⁉︎ 私が相手じゃなかったらとっくにメンヘラ一直線だっての! さては夏川……刺されてえのか⁉︎ そんな悪趣味、悪癖に付き合うのはごめんだからなこっちは!)


「……やっぱり行ったんだね」

「ええ。本当ならそこで一線を越えるはずだったわ」


 ――ブチッ!


(こっちはまだ十代の花も恥じらう乙女だぞ。額の血管が一本破裂しちまったじゃねえか!)


「その言い方だと一応は何もなかったってこと?」

「残念だけれどね」

(お前の頭がな!)


「それで? 私を屋上まで呼んでおいてまで言いたかったことは以上なの?」

「ふふっ。翔太くんを落とした彼女ともあろう方が私の真意に気付いていないと? 面白くない冗談ね」


 髪をかき上げながら妖艶な笑みを浮かべる夏川雫。

 その光景は女でさえ惚れてしまうほど目を奪われるものだったが、

(もうヤダ! 流石の私も本気で怖くなってきたんだけど⁉︎ 最初はただの遊びのつもりだったのに、小森に惚れちまったせいで引くに引けねえし、どうしてこうなった⁉︎)


 胸の中にいるリトル高嶺が頭を抱えて悩む。今にも泣き出しそうだ。


「先日の翔太くんとのデートで一つわかったことがあるの」

(それ以上しゃべるんじゃねえ! こっちはわからないことだらけだっての‼︎)


「私は翔太くんのことが好き、大好き――いいえ、愛しているわ!」

 これが漫画なら背後に『ドドン‼︎』と効果音が記載されていたことだろう。


(何が『ドドン‼︎』だ何が! てめえは、ひとつなぎの大秘宝でも探しに航海の旅に出てろ! そして二度と私の前に戻ってくるんじゃねえよ!)


 ギリギリのところで、本当にギリギリのところで不満を飲み込んだ高嶺は、


「それで?」

 本性さながらの圧を放って先を促す。もちろんそれに化け物である夏川が気が引けるわけもなく、


「それともう一つ。高嶺さん――貴女、宣言布告したことや小森くんの気を引くために健吾と偽装カップルフェイクしていることを彼に打ち明けていないわね。まさか――」


 真相に迫ろうとする夏川。高嶺の額から一筋の汗が流れ落ちる。

(やべえ! ついに気が付きやがったかこいつ! だとしたら私が小森に真相を打ち明けていない真実にたどり着いているんじゃ……まずい。夏川の野郎に私と小森の関係が偽装に過ぎないものだとバレちまってんなら私に勝ち目はねえ! どうする? 何か手はねえのか」


 断崖絶壁に追い込まれたような気分の高嶺。

 夏川の次の言葉は衝撃的なものだった。

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