第77話

「それじゃまずは名前と年齢を教えてもらえるかな」

 交番に連行された小森一行は事情聴取をされていた。

 警察官に視線を向けられた砂川健吾は、


「……がわ……んご、です」

 この世の終わりのような表情で俯いていた。

 彼の胸中は荒れていた。


(うおおおおおおおおおおおおおおおおっーい‼︎ なんで交番なんかに連行されてんだ! 俺はただ姉の偽彼氏を演じていただけで、本気で小森を襲うつもりなんざ微塵もねえってのに! なんでマジもんの痴情のもつれみたいになってんだよ! もうわけわかんねえよ!)


「えっ、そんな小さな声で呟かれても聞こえないよ。もう少し声を張ってもらえるかな」


 名前の催促に思考を練る砂川健吾。

(もっ、もしかしてこれを機に全部吐いちまった方がいいんじゃねえか? 俺と夏川雫は姉弟で恋仲なんかじゃないって……いや、でもそうなると小森に襲いかかった説明が複雑過ぎるか。なんで姉がラブホテルから男と出てきたことで弟の俺が激昂しなくちゃなんねえんだよ。シスコンか! クソッ。さすがの俺でも上手く説明するのは困難だ。まずは時間を稼いで――)


「彼の名前は砂川健吾くん。そしてこちらが――」

「夏川雫。健吾の恋人よ」


(小森&バカ姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ‼︎ てめえら、何息ぴったりで俺の退路を閉ざしてやがる⁉︎ こっちが知能指数180の脳みそを振り絞ってこの状況を打破する策を練ってたんだぞ! なに邪魔をしてくれてやがんだ!)


(おっ、おかしいぞ……。さっきまであんなに怒り心頭だった砂川くんが急に黙り込んでしまった……はっ、まさか交番に連行されて我に帰った途端、僕が夏川さんを寝取った(ように見える)現実に打ちのめされているんじゃ……! こっ、こうしちゃいられない! 一秒でも早く誤解を解いてあげないと! じゃなきゃ彼の精神が壊れちゃうかもしれない!)


 砂川健吾の気も知らない小森翔太は大慌てで、ことの経緯を説明するのであった。


 ⭐︎


「――というわけなんです」

「つまりなんだ。小森くんと夏川さんは砂川くんのプレゼントを購入するために一緒に出かけていたと。で、体調が悪くなり、水溜りに落ちてしまった二人は暖を取るためにラブホテルへ。服が乾いて外に出た瞬間に砂川くんに目撃されてしまったわけだね?」


「「はい」」

 息ぴったりで答える小森&夏川ペア。

 彼らの思惑は早くこの場を収束させることで一致していた。


 このときの夏川の心情は、

(……ほんっっっっっっとに余計なことをしてくれたわね健吾。あの場であんたさえ乱入して来なければ今ごろファミレスで翔太くんと二人きりでいられたのに! 偽恋人と上手くいっていないアピールだってもっと出来たはずよ。せめて既成事実があるならともかく、一線も越えられていない状況で彼氏の登場って……本当に何を考えているのかしら。早くお役ごめんになりたいのだろうけど、あなたには絶望したわ」


 砂川健吾の足を死角から踏みつける夏川雫。


(いい? これは最悪の状況よ? あなたのせいで翔太くんの評価はガタ落ち。なにせ真実も確認せずに襲いかかるような男を恋人に選んだのは私。これじゃ男を見る目がない女だと自供しているの同じ。おかげでこれまでいい女だと植え付けてきた努力が水の泡。翔太くんもさぞ失望していることでしょう。偽彼氏に贈るプレゼント選びに付き合ってもらったのに、警察の世話になる始末。恩を仇で返すとはこのことだわ)


「うーん。彼氏さんのプレゼントを贈るために小森くんと一緒に出かけていたところまではいいとしても、ラブホテルはマズいんじゃない? 砂川くんの早とちりだったとしても疑われも仕方がないと思うんだけど。それに一線を超えていない証拠もないでしょう?」


 警察官は彼ら三人全員にしこりを残さないよう、慎重に話を進めていた。

 解放した途端、また取っ組み合いをしないための配慮である。

 どうやら小森と夏川の間に何も無かったことを砂川に納得してもらいたい様子。


 この質問に恋愛偏差値小学生以下の夏川雫がポンコツっぷりを発揮する。


(私と小森くんの間に何も無かったことを証明しなさい? ふっ、国家の犬にしてはいいパスじゃない。ちょうどいいわ。予期せぬ愛憎劇で私のイメージはあばずれになっていることでしょうし、ここで純粋無垢、一途な乙女を小森くんにアピールしておきましょう)


「小森くんは(モンブランロールに含まれていた)アルコールに酔った私を介抱していただけよ。で、千鳥足の私を送り届ける際に水溜まりに落ちてしまったの。身体が冷えて風邪を引かないようすぐに暖を取れる場所に連れて行ったというわけ。それに――」


 夏川雫は警察官、砂川、そして最後に小森の顔を見て告げる。

「私は――処女よ!」


 交番は凍てついた。


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