第76話
(え、ちょっと待って! 翔太さんが夏川さんとラブホテルから出て来た⁉︎ どういうこと? 連絡が取れなくなった間に何が――って、うそッ⁉︎)
電柱の影に息を潜める泉天使。
ラブホテルから友人と恋人の浮気相手が出てくるという決定的現場に驚きを隠せない。
さらに彼女が目にしたのは恋人である砂川健吾が乱入しようとしている光景であった。
(どっ、どうしてこんなところに健吾さんが……? というか、これって想像以上にヤバい状況なんじゃ……)
泉の心配は現実になる。
「小森……てめえ、どういうことだ!」
激昂。赤鬼のような砂川健吾が小森たちの間に割って入る。
もちろんこれは演技。砂川健吾迫真の演技である。天は二物を与えたものの、運は与えなかったようだ。
まさかこの状況をたった一人の恋人に覗かれていることなど知るよしもない。
砂川健吾の乱入により心を取り乱した人間は三人。
順を追って彼らの心境を覗いてみよう。
まずは小森翔太。
(うぎゃああああああああああああーっ‼︎ なんでこんなところに砂川くんが? よりにもよってラブホテルから出た最悪のタイミングで! 当然と言えば当然だけどめちゃくちゃ怒ってるじゃん! そりゃ頭に血も登るよね? 僕は夏川さんにとって
「(
砂川健吾は色々と鬱憤が溜まっていた。
姉に振り回せてからというもの、歯車が噛み合わなくなったようにこれまで上手く行っていたことが回らなくなっている。
彼のフラストレーションも相当のものだろう。
だからこそ怒りの演技に熱が入った。
怒の感情を自然に表現できてしまう。
(殺されるううううううううううううっ! 砂川くんの目、バキバキじゃん! 本気で僕のことを殺す気だよね⁉︎ 何も悪いことはしていないはずなのにどうしてこんな目に――何が理不尽かって寝取られる側ならいざ知らず、寝とった側として勘違いされている点だよね? もうマジ無理ぃ……リスカしょ)
砂川の怒りに当てられた小森はハムスターのように萎縮。
震える身体を隠すことで精一杯の様子。
小森翔太という人間は普通、平凡、凡庸を体現しており、砂川のような異世界の住人から怒りの矛先を向けられることに耐性などあろうはずもない。
続いて泉天使。
(いやああああああああああああああああああーっ‼︎ 健吾さんが、健吾さんが本気でキレてる! あんなに怒りを露わにした健吾さん初めて見たんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ! そっ、そんなに夏川さんのことが大切なんですか? そもそも夏川さんは健吾さんのプレゼントを贈るために翔太さんを誘ったのであって……うわああああああああっ、相思相愛、美男美女のカップルじゃないですか!)
砂川健吾と夏川雫が姉弟であること、恋人の怒りは演技であることなど知らない彼女が勘違いしてしまうのも無理はない。
最後に夏川雫。
(愚弟いいいいいいいいいいいいいいーっ! よくも、よくもやって来れたわね! まさかアルコールに耐性がない体質を利用して翔太くんに私を介抱させようなんて! やっていいことを悪いことの区別もつかないのかしら! いや、まあ美味しい思いもできたわけだから全否定はしなけれど、タイミングってものを考えなさいよ! ラブホテルから出てきた瞬間に(対外的には)恋人であるあんたがで乱入してきたらどう考えたって修羅場じゃない! そりゃ翔太くんと既成事実が出来ていれば、まだやりようはあるわよ? あんたの狙い通り、演じることだってできる。台詞はそうね、「ごめんなさい健吾。私はもう身も心も小森くんのモノになってしまったの。別れてもらえるかしら」あたりかしら? けどラブホテルで服と身体を乾かしただけなのよ? そんな状況であんたが出てきたら――)
小森の胸ぐらを掴んで、拳を握りしめる砂川健吾。
「覚悟はできてんだろうな? 歯くいしばれ」
「ちょっ、ちょっと待って砂川くん!」
「まっ、待って健吾。違うの! 小森くんはただ――」
彼らの事情を知るものからすればとんだ茶番である現況。
しかし第三者にとってどう映るかと言えば、
「コラッ、君たち! ケンカはやめなさい! 詳しい話は署で聞くから!」
新たな乱入者は見回りをしていた警察官。
ラブホテルから出てきたカップルが未成年ではないかと注目していたところ、砂川健吾の乱入により痴情のもつれと判断。
小森の胸ぐらを掴む砂川が演技であることなど想像もしていない警察官はこれから始まるであろう取っ組み合いを制止するため奔走する。
「ちょっ、えっ、ちょっ……!」
焦る砂川健吾。
「おっ、落ち着いて砂川くん。ちゃんと話せばわかるから!」
必死に説得を試みようとする小森。
(……最悪だわ)
絶望する夏川。
やがて三人はパトカーに無理矢理乗車させられることになり、
――ファン、ファン、ファン…!
(えっ、ええええええええええええええええっー! 翔太さんと健吾さん、夏川さんまで警察に連行されちゃった! どっ、どどど、どうしよう⁉︎)
呆然と立ち尽くすことしかできない泉天使であった。
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