第61話
夏川雫を
私服を褒めるのはマズいと思ったのだろう。
「あの泉さん……やっぱり私服に触れるのは良くないですよ。やめておきましょう」
至近距離に夏川雫がいるため、理由を説明することを躊躇う小森。
しかし泉天使は彼の忠告を遅刻による弱気だと判断!
視覚情報がないことがここで仇となる。
『「弱気になっちゃダメですよ翔太さん! たしかに待ち合わせには遅れました。ですが女の子は褒められて悪い気はしません。頑張ってください」』
(えぇ……頑張ってと言われても――ああ、もうっ、どうなっても知りませんからね⁉︎)
これ以上の沈黙は不自然だと思ったのだろうか。
小森翔太は生唾を飲み込んでから重たい口を開く。
「えっと……よく似合っていますよ夏川さん――」
ピンマイクが拾った褒め言葉が泉天使の耳に届くや否や、
(良く言えました翔太さん! えらい、えらいです! 今度ご褒美に頭を撫でてあげま――)
母性がくすぐられる彼女だったが、それが勘違いだと気付くのに時間はかからなかった。
なぜなら小森翔太の言葉はまだ続くからである。
「――そのジャージ」
(ジャージ⁉︎ えっ、ちょっ、ジャージなの夏川さん⁉︎ もしそうなら絶対褒めちゃダメです! ジャージが似合うと褒められて喜ぶ女の子なんてこの世にいるわけないじゃないですか! というかなんでジャージ⁉︎ まさか翔太さん相手にならオシャレをする必要がないとでも⁉︎)
理解が追いつかない泉天使。
一方、その頃大橋健吾は『計画通り』と言わんばかりの悪い笑みをこぼしていた。
(けけけ。思った通り。やはり私服に触れて来やがったな。そりゃそうだろ。外見がパーフェクトな
『「よし。小森が予想通りジャージに触れて来たぞ。次の台詞は分かってるな⁉︎」』
台本通りにことが進んでいると錯覚しているのだろう。
大橋健吾は鼻息を荒くしながら姉に確認する。
(ええ、もちろん覚えてはいるけれど……本当に言ってしまっていいのかしら。健吾の作戦は私が思っていることと全部真逆なのだけれど)
悩む様子の夏川雫。
しかし彼女もまた、これ以上の沈黙は不自然だと思ったのだろう。
「勘違いしないでもらえるかしら。私は誰にでもこんな格好を見せているわけじゃないわ。こんな姿を見せられるのは小森くんだけよ」
この台詞における大橋健吾の思惑は、夏川雫のありのままの姿を見せられるのは小森翔太だけ、という特別な異性アピールである。
女慣れしている小森翔太ならこの真意を読み取り、俺様系に変貌を遂げるだろう。そう画策していた。
しかし、前提が違うのである。
小森翔太は女慣れをしているどころか、異性と付き合ったことのない草食系。
そんな彼の元に、いつもは完璧な美少女がジャージ姿で現れ、しかも「こんな姿を見せられるのはあなただけ」と告げられる。
彼がどう感じるかなど、火を見るよりも明らかである。
(ぐああああああああああああああああああああああああっ‼︎ 心がっ! 心が壊れちゃう! つまり僕ごときがちょっと外見に気を配ったからって、夏川さんにとってはオシャレをするまでもない異性ってことだよね⁉︎ ぐはっ……! さすがに辛すぎる。何が恥ずかしいって、泉さんにプロデュースしてもらった
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