第27話

「あの……あまりふざけたことを言わないでもらえますか――ぶっ殺しますよ」

「そこまで言われる筋合いはないんだけど⁉︎」

 露骨に機嫌を損ねる泉さん。


 いや驚くのも無理はないけどさ……でもぶっ殺される覚えはないよ⁉︎

「他校に名が知れ渡る才色兼備の相手が小森さんって……一体どんな催眠術を使ったんですか」

「使ってませんけど⁉︎」

「じゃあ小森さんのどこに惚れたって言うんですか。教えてくださいよ」


「それは悲しいかな僕もわからないや!」

 いや、僕たちはただの偽装カップルだからそもそも惚れられていないんだけどさ!

 その証拠に彼女にとって僕は下僕に過ぎないわけで。

 ……下僕か。

 やっぱり面と向かってそう言われると堪えるものがあるね。今さらだけどショックかも。


「えっ、それってもしかして――」

 なにやら考え込む泉さん。

 やっぱり真実を知らない他人に僕と夏川さんのカップリングは信じられないよね……。

 けど偽装カップルのことを打ち明けるわけにはいかないし、どうしたもんだろう。


 僕が悩んでいると泉さんはどこか申し訳なさそうな顔をする。

「――あの、初対面の小森さんにこんなことを言うのは残酷かもしれないんですが」

「えっ?」

「本当に、その、申し上げにくいんですけど……」


「気にしないから言ってみてよ」

「そう、ですか。では失礼を承知で言いますけど小森さんはたぶん――」


「――夏川さんに二股をされていたんだと思います。それも隠れみのとして」

 隠れ蓑。その言葉を聞いた瞬間、僕は心臓を握り締められたような感覚に陥る。

 一気に呼吸が苦しくなったのを自覚する。


「そっ、それはどういう……」

「これからお話することは全て私の推測でしかありません」

 頷く僕。


「まず私の高校で健吾さんを知らない人はいません」

「どこかで聞いたような話だね」

 それが誰かは言うまでもない。夏川さんのことだ。


「おそらく小森さんの高校の女子生徒なら一度は彼の名前を耳にしたことがあると思います」

「すっ、すごいね……」

「ええ、それはもう。神様は不公平だと本気で思うほどです。健吾さんは万能の天才と呼ばれていますから」


 おまけに容姿は芸能人レベル。身長もモデル顔負けと付け加える泉さん。

 もはやミュータントじゃん!

「もちろん夏川さんも引けを取りません。彼女が高嶺の花であることは小森さん自身がよく知っていますよね」


 それはもう。神様は不公平だと本気で思うほどだよ。

「そんな健吾さんと夏川さん彼らが付き合うことになったらどうなると思います?」

 一瞬で心臓を握りつぶされる僕。これまで目を背けてきたことを直視させられている気分だ。


「間違いなく大騒ぎになります。健吾さんを好きな女子だって黙っていないでしょう。他校生である夏川さんに嫌がらせをするかもしれません。もちろんその逆もしかり。もし小森さんが夏川さんの恋人だったなら経験があるでしょう? 少なくとも私はあります。女子の嫌がらせは男子と違って陰湿ですから大変でした」


 なんとなく泉さんの言いたいことが見えてきた僕は、

「つまり隠れ蓑を作ることで大橋くんに向けられるヘイトを僕にかぶせていたってこと?」

「当然ながらただの推測に過ぎません。しかしそういう可能性もありませんか、という話です」

「……」


 熟考する。

 正直なことを言えば泉さんの勘は僕にとって一理ある。

 夏川さんが隠れ蓑を用意するなんて信じたくはないけれど僕は下僕だった現実があるわけで。


『三ヶ月前から本命の彼氏がいるならわざわざ偽装カップルなんてする必要はない』と考えていたけれど、本命の彼氏ができたからこそ偽装カップルをする必要があったと考えると、なるほど、辻褄があう。

 それに泉さんの言う通り夏川さんと大橋くんが恋人になれば大騒ぎになるのは目に見えている。


 けれどこの仮説は僕なんかより刺さる人がいるわけで。

 だって隠れ蓑は泉さんにも当てはまるじゃないか。

 本気で大橋くんのことが好きな泉さんが受ける精神ダメージは偽装カップルだった僕なんかよりずっと重たいもののはず。推し量ることさえできない。


「……小森さんは優しいですね。憶測で失礼なことを告げたのに私を心配してくれていますよね?」

「えっ、いや僕は何も言ってな――」

「――いからこそですよ。普通なら『隠れ蓑はあなたも一緒じゃないですか!』と反論するところですから」


 唇を噛みしめる泉さん。

 今にも溢れ出してしまいそうな感情をギリギリのところで我慢している。

「ぶっちゃけ私は夏川さんには敵いません。あれだけの美貌と才能を持つ人に私なんかが勝てるはずがないじゃないですか」


 言葉が出ない。こういうときに本気で否定できないからこそ僕は脇役なんだろう。

 だからって出会って間もない僕が「そんなことないよ! 泉さんにだって魅力があるよ!」と口にしたって響かないわけで。

 だってそれは僕にとっても偽りの言葉になってしまうから。


 夏川さんには勝てない。それは真実に近いと思う。

 だからこそ僕は優しいわけでもなんでもない。

 ヘタレなだけ。ただそれだけだ。


「でも夏川さんに負けないこともあります。健吾さんに対する想いです。それだけは絶対に負けない。絶対に。だからこそ私は諦めない。必ず健吾さんを振り向かせてみせます。だから――」

 ああ、なんて強い女の子なのだろう。

 憧憬する僕をよそに彼女は信じられない言葉を口にした。


「――協定を結びませんか小森さん。私は必ず健吾さんを振り向かせてみせます。だから小森さんも夏川さんに後悔させてやりましょうよ。逃した魚は大きかったって。いい男が隣にいたのにって」

 まさかの協力を持ちかけられていた。それも要約すると夏川さんと健吾くんを引き剥がすための協定だ。


「私は最後まで抗います。だってこんなにも好きなんです。彼のたった一人になりたいんです。脇役のままじゃ終われない」

「泉さん……」


 僕は夏川さんにも泉さんにも幸せになって欲しいと心の底から思っている。

 けれど、これから進む道は二人のうち、どちらか一人しか通れなくなるほど狭くなるわけで。


 だからこそどちらか一方に肩入れするのは苦しくて。辛くて。悲しくて。

 けれど泉さんの強い瞳に惹かれた僕は考え抜くより早く承諾してしまっていた。

「……分かりました。僕にできることならお手伝いさせてもらいます」

「ありがとうございます。ではそのお礼に私が小森さんをいい男にしてあげます。約束です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る