第19話

 小森 翔太


「翔ちゃんをイジメないでよ!」

 目の前に広がる幼き日の記憶。どうやら夢を見ているみたいだ。

 視線の先には両手を広げて僕をかばう繭姉の姿。


 ――僕には記憶から消し去りたい過去がある。


 忘れもしない。小学校三年生のときだ。

 幼い頃から僕は平凡だった。

 容姿や勉強にスポーツ。何一つパッとしない。


 何をやっても才能が見つからなかった。

 だからこそ何かをやらされる強要が嫌いだ。

 家族や他人の期待を背負ったところでどうせ失望されるだけなんだから。


 そんなときだ。僕はクラスのリーダー格である男子から好きでもない女の子に告白するよう命令された。

 つい最近どこかで聞いたような話だね。

 当時の僕はそれを強く断った。やりたくなかったからだ。

 けれどその翌日。僕に待っていたのはイジメだった。


 小森翔太は『面白くない』『生意気』『空気を読まない』と認識した彼らは嫌がらせするようになった。

 物が失くなることなんてざら。ノートや机の落書きなんてしょっちゅうだ。

 こういうとき、本当は大人のチカラを借りるべきなんだけど、悲しいかな、僕には両親に打ち明ける勇気もなく、いつも一人で泣いていた。


 そんなある日。

 僕は無理やり公園に連れて来られ暴力を受けることになった。

 嫌がらせを受けても従順にならない僕に痺れを切らしたんだと思う。

 

 だから物理的なチカラで屈服させようとしてきたんだ。

 しかもタチが悪いことにそこには上級生もいた。

 小学生にとって年上なんて恐怖の対象でしかない。


 四、五人の男子生徒に囲まれたあの光景は今でも鮮明に覚えている。

 もはやトラウマ以外の何物でもない。本当に怖かった。

 サシでさえまともに戦えない僕が数の暴力に抗えるわけもなく、一方的にやられる展開。


 服は砂塵で汚れ、口の中は血の味が広がり、目には大粒の涙。

 地獄だった。

 正直なことを言えばもう学校には行きたくないと思った。


 ううん。死にたいとさえ思った。

 でも当時の僕にはそれを踏みとどまらせてくれる人がいたんだ。

 そう。繭姉だ。


 僕と幼馴染だった彼女だけは見て見ぬ振りをしなかった。

 繭姉は僕が暴力を受けているところに遭遇するや否や、すぐに僕のところに駆け寄り庇ってくれた。

 ボロボロの僕の前に立ち両手を広げてこう言ったのである。


「翔ちゃんをイジメないでよ!」


 普通こういうのって男女の立場が逆だよね。本当に恥ずかしい。

 さすがの彼らも女の子に手を出すのはマズいと思ったのか。そこで集団リンチはお開きに。

 情けないだろうけれど僕はこの一件で繭姉のことが好きになってしまった。そう初恋だ。

 彼女の勇ましい後ろ姿は今でも目に焼き付いている。


 だから僕はこの日のことを忘れない。

 いつか繭姉に恩を返したいと思っている。

 彼女のためにできることがあるならなんだってやるつもりだ。


 ――だって僕はまだ彼女にあの日のお礼を言えていないんだから。


 高嶺 繭香


 うわぁ……ずいぶんと昔のことを思い出しちゃったじゃない。

 眠気まなこをこすりながら身体を起こす。

 さっきまで見ていた夢が鮮明に残っていた。


 あの日たまたま小森がイジメられているところに遭遇した私は考えるよりも早くアイツの前に立っていた。

 今じゃ絶対に考えられない行動だ。今思い返してみても助けに行った理由が分からねえ。

 たぶんちょっとした正義感に駆られたんだと思う。


 小森は知らねえだろうが、あの事件には続きがある。

 むしろあれから大変だったのはアイツじゃなく私だ。

 つーのも小森とは別のクラスだったんだが、アイツを助けに行ったことは瞬く間に広まり、イジメの標的が私に代わった。


 忘れもしねえ。クラス内ヒエラルキーのトップに君臨する女王が私のことを嫌っていたんだ。

 当時は私も小森に引けを取らない芋女。嫌がらせの標的になるタイプだったわけさ。


 ぶっちゃけ最初は理解に苦しんだよ。正しいことをしたはずの人間がどうして理不尽な目に合っているのか。悔しくなかったと言えば嘘になる。


 けど答えは簡単だった。

 どんなに綺麗事を並べたところで社会には必ずヒエラルキーが存在する。

 平等、公平なんて嘘っぱちだ。


 教室を支配するのはリア充。彼らが教室の空気を決める。

 だから私はそこに登りつめるために必死に自分を磨いた。

 まったく興味のなかった化粧やオシャレを学び、美容にだって気を配ったわけさ。


 気が付けば私はテッペンにいた。上から見る景色は想像以上に絶景だった。

 上が下を搾取する。どの時代にもこの構図は当てはまる。それは歴史が証明してやがる。

 だからこそなんの努力もせずに才能と美貌だけでチヤホヤされている女が許せない。


 なにせ私をイジメ倒していた女も夏川のように全てを持っている女だったからだ。


 別に復讐なんて大それたもんじゃねえ。

 ただ、このまま夏川が何の苦労もなく小森を手に入れるのは気に食わねえっていうだけの話だ。

 だからこそ賭けに出ることにした。


 私は転校してきた理由をつもりだ。

 実はストーカーの被害に合っている。

 だから偽彼氏フェイクをやって欲しいってな。

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