大砂塵の最中にあって②

 私が生まれたのは10歳の頃で、気づいたときには軍に徴発されていて、私を私たらしめるものなんて無かったから、ただ与えられた命題に縋る以外に生きる道は無かった。銃であれ。そのシンプルな標語が生きる意味だったことがあるのも、しっかりと覚えている。


「誇れよ、処女機兵小隊アイアン・メイデンの新兵ども。貴様らは選ばれた。生き残りたくば、ただ銃であることだ。それだけが貴様らに残された幸福だと知れ」


 整列した私たち新兵を舐めるように見定める女将校。忌々しいくそ女。フォルテ・カーチス准将。私たちの運命に呪いをかけたこの怪物の演説が、私の持つ一番古い記憶だ。


 処女機兵小隊。それが、私たちの部隊の名前だった。制圧した村々から15歳以下の少女だけをし、兵器として運用するセクション。私たちの身体に数えきれないほどの武器を、料理よりも先に人殺しを教える、フォルテ・カーチスの変態趣味。

 小隊でありながら准将を長に据えることは、私たちの部隊が旅団クラスの価値があることを示していた。


 記憶の中の准将が、「我が隊は軍属の全ての部隊の中で、最も死傷者が少ない」とのたまう。圧倒的優位を信じて疑わず、それが驕りでないことを自覚している表情。むかつくほどに輝く金髪を軍帽に押し込み、こちらに獣の視線を向ける姿に隙はない。カーチスの言うことが事実であることは、私たちも知っていた。同時に、廃人ジャンキーの割合が最も高いことも。


 彼ら――准将傘下の技師たちは兵器のを惜しまない。薬と教育で、私たちは限界まで丁寧に使い潰される。誰かは、この身体の耐用年数は3か月だと言っていた。8割の機兵は、義体と精神の不和合に耐えられず、内々に処分される。だから、中身は死んでも、戦闘による死傷者としてはカウントされない。

 私に収められている武器も、過去に3人ほど使用者が居たらしい。そして、私が最長の保持者だ。


 戦友は出撃のたびに摩耗していった。目は青く充血し、言葉もだんだんと不明瞭になっていく。みんな変わっていく。ただ、殺しの精度だけは変わらない。怖かった。昨日まで普通に話していた友達が、明日には廃人になっていた。彼らは、兵器としての私たちにしか興味がない様子で、顔だけが挿げ替えられた身体を私は何度も見た。


 たまに出る戦闘での死傷者には、兵器類の回収だけが命令されていた。私たちの埋葬の作法は、集まったみんなの村にあった、死者への弔い方の寄せ集めだった。埋葬のたびに帰投が遅れて准将に殴られたけど、それくらいはなんともなかった。


 たくさんの仲間が居なくなった。死んだ。壊れた。でも、私が壊れることは無かった。気づけば、分隊で最初からいるのは私と、分隊長のカレンだけだった。


 カーチスはそんな私を、優秀だと言った。お前には過去が無い。フラットで、何の穢れも無い。道具に自我は必要ない。だから壊れることもない、と。

 お前は生まれついて空っぽで、他人に忠実な獣だ。その言葉は、今でも頭から離れない。納得してしまう自分がいることが、どうしようもなく悔しかった。


 そんな私に、銃以外の生き方希望を教えてくれたのがカレンだったのだ。カレンの分隊の隊員は、みんなカレンが徴発した子たちだ。それが彼女なりの責任の取り方らしかった。

 わたしはみんなの親を殺したかも知れないと、彼女は新兵に必ず言う。ひどい言葉で罵られることもあった。怒りのままに殴られることもあった。けれど、彼女は何も言わなかったし、決して泣かなかった。


 私は、夜中にうなされているカレンを私は何度も見た。


 カレンはずっと逃げ出したかったんだと思う。カレンが壊れなかったのは、彼女が本当に強い女性ひとだったからだ。それを知っていたから、私は彼女に協力した。ような気がする。

 だから、カレンが居なくなった今では、私が本当に自由を求めていたのかすら、分からなくなってしまっていた。


 こうしてまた、何もない場所に、私は独りだ。





 群青が漆黒に塗り替わると、冷えが容赦なく襲い来る夜だった。澄み切った空気が夜空で煌々と星を輝かせる。凍り付いて腐り落ちた左耳の醜さとは対照的に、周囲は地の果てまで、残酷なほどの美しさが支配している。


 西へ、身を落ち着かせる避難所ヘイヴンへ。脱走の際、カレンはそう言っていた。私たちのいた駐屯地から西へ50キロ。進む先に、空を照らす光源があるのが分かる。巨大な人の営みが、夜闇の浸食を阻んでいるようで、その光が徐々に大きくなりつつあるのは救いだった。もう少しで、カレンの目指した場所へ着く。


 失った重みは、背中に感じる冷気で分かる。致命的であっても、温度を感じていたかった。何か、私をこの世界に留めるものが、欲しかった。そうでないと、夜に圧し潰されそうだと思った。夜は気が狂うほど孤独を際立たせる。左耳の痛みが私の正気を保ってくれていた。


 大勢が死んだ。帰投時間夕暮れを狙って弾薬庫を爆破して、小隊長室を襲撃、カーチスを殺してみんなで逃げる。誰もが理解できるように、いつも通りの、襲撃の手順を踏んだ作戦だった。作戦の度に余った弾薬と爆薬を、基地の至る所に隠していた。

 完璧な奇襲。施設のほとんどを破壊しつくして、私たちを機兵こんな風にした奴らを、大勢殺した。作戦は全て計画通りに遂行された。


 ただ一つ、フォルテ・カーチスを除いて。


 私に、腹と胸に弾丸を撃ち込まれて、怪物カーチスは私たちから奪った、人間らしさを湛えた深紅の血液を零しながら、笑っていた。口からは喘鳴音が大きく漏れ、今にも消えようとしている命であるにも関わらず、その瞳からは狂気じみた、ぎらついた光が覗いていた。


 直後、基地には数機のティルトローター機が姿を見せ、彼らの私たち味方カーチスも全てをなぎ倒していった。爆撃、銃撃。基地の全てが炎に削ぎ取られた。燃え盛る炎の中、カーチスは基地中に響き渡るほどの大声で笑い、


「お前は銃以外にはなり得ない。お前はどこまでも空っぽの獣だ」


 私たちからあらゆるものを奪った怪物は、最後まで私に呪いをかけて炎に消えた。カーチスの死を確認する余裕はなかった。仲間だった肉片と金属片を踏み越え、ひたすら走った。


 今まで経験したどんな戦場より一方的で凄惨な虐殺の現場だった。私たちが駆けた全ての戦場の弾薬を合わせても、今降り注ぐ弾丸の雨に届かない。轟音という無音。耳鳴りは止まず、残った仲間は振り返れば瓦礫と見分けがつかないほどにぐずぐずになっていた。


 地面は穿たれ掘り返され、舞った赤土が銃弾と薬莢を巻き込んで飛び散る。上空のマズルフラッシュと、爆発とサーチライトで基地は真昼の明るさだ。点滅する明かりが私たちを照らすたびに、仲間の数は減っていた。


 私とカレンは最後まで、持ちうる弾薬が尽きるまで応戦したけど、墜とせたティルトローター機は1機だけだった。墜落した機体は中央弾薬庫に直撃して、基地全体を焼き尽くす爆発に変わった。80キロあるはずの私たちの身体は吹き飛ばされ、気づけば黒煙交じりの砂嵐の中。生き残ったのが2人だけだと、互いに感じていた。


 そして、カレンが長くないことも、既に2人で共有している事柄だった。私は今、独りで砂漠を歩いている。彼女の眼球の入った瓶が腰で揺れる。


 向かう先に薄ぼんやりとした、人の営みの気配を感じた。死線をくぐった先に、終着点は近い。


 小高い丘を越えれば、目的地はすぐそこにある。街の放つ熱を感じるほどに光は大きくなっていた。一歩、また一歩と踏みしめる度、期待と不安が入り混じった奇妙な感覚が強くなる。


 私はこの街で、何を成すのだろう。カレンのいない自由な世界で、私は何を頼りに生きればいいのだろう。それも、この街で見つかるのだろうか。分からなかった。が、今はすぐそこに迫る光のことだけを考えていたかった。

 街の明かりはそれだけ強大に空を照らす。闇夜の砂漠に聳え立つ真昼。焦がれるように目指した私たちの避難所ヘイヴン――


「わぁ……」


 稜線を超えた先は、宝石の煌めきを湛えた巨大な山に思えた。


 カレンの見せてくれた写真にもあった、見たこともないほど大きな、光る四角い柱たち。摩天楼。その光の全てに人間の営みがある。窪地の中心から空に向かって花が咲くように、街が存在していた。


 壮観だった。同時に、信じられなかった。この砂漠の世界に、これだけ大きな街を作って暮らせる人たちがいることが、その存在が。

 街は偽りのない輝きを放つ。私の知る世界とはまったく違う、向こう側。

 天国ヘヴン。そんな言葉が頭をよぎる。


 私の身体が街の光を浴びて光っているのが分かった。これがカレンの目指した場所。ウッド・ベガ。カレンはこの街を、あらゆる勢力の――私たちが所属していた大陸連合の新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーに属さない旧世界だと言っていた。


 それは、私にとってはまさしく新世界に写った。戦争から隔絶された楽園のように思えた。ここに住めば、どんな願いも叶うと言われる光の城。夢見た街が眼前に広がっていた――


「おい」


 背後からの女性の声に振り向く間もなく感じる殺意。身体の端から端まで血液が沸騰する。無理な体勢で身を翻すと、ひゅう、という空気を裂く音が右耳の横を過ぎていく。


 頬に感じる、焼けた鉄を押し当てられた感覚が戦場での経験と直結して、即座に私は右腕の武装を展開する。親指と小指が180度曲がり、残った3本の指は手の甲へと移動する。掌から覗く銃口は20mm――右腕の全てを機関部としてあてがったショートバレルの対物ライフルだ。


 迎撃の発砲。今できる最大限の速さで身体を無理に捩じっての攻撃だった。反動を流しきれない。戦車の装甲すら貫通する破壊力の代償が右肩を襲う。骨格フレームが歪んだ音がした。


 私が放った弾丸は、ドキュ、という高い音を立てて大量の砂を跳ねさせるだけだった。いるはずの相手がいない。このことが意味するのは、相手が人間ではない同類だということ。追手だ。


 態勢を立て直す為に、街を背にして飛び退く。が、空中で身体が静止する。左脚を掴まれた――思うが早いか、力のままに地面に叩きつけられた。足首を掴む手は緩まない。足先のフレームが軋んで悲鳴を上げる。


「お前が、母さんを――」


 私と同じか、少し下の歳であろう少女が私を見下ろしていた。ブロンドの髪をツインテールにし、かき分けた前髪から覗くおでこが彼女を幼く見せているのか。這う姿勢の私を睨みつけるパウダーブルーの瞳に感じるのは痛みと怒り。上から下まで真っ黒の軍服に身を包む彼女の、腕章には見覚えがあった。


処女機兵小隊アイアン・メイデン……あなた、他の分隊の――?」

「一緒にするなよ、おまえみたいな出来損ないと! お前のせいで……お前のせいで全部なくなった!」


 少女が腕に力を込める。その感覚は掴まれているというよりは潰されているという方が正しかった。瞬時に身体を起こし、全身の体重を乗せて右脚で蹴りを入れる。金属扉を蹴破る一撃は、少女の腕一本で止められた。岩を相手にしているような頑強さ。腕力の差は歴然だった。


「みんな死んだ。お前が殺した。お前らがあんなことをしなければ、みんな幸せでいられたのに!」


 言い終わると同時に、少女は私の身体を引っ張り上げて宙に浮かせ、そのまま腹に蹴りを入れてきた。呼吸器から空気が外に出ていく。ミシ、と内部からフレームの歪む音。痛みを感じる前に苦しさを感じた。3メートルほど蹴り飛ばされ、受け身を取れずに頭から砂肌に接地する。


 ゴーグルが割れて、強化プラスチック片が左眼に刺さったと、再び開けた視界の狭さで知った。頭の中に感じる熱の塊に、指を突っ込んで掻き出したくなる衝動に駆られる。世界の輪郭がぼやけていく。ゴーグルは脱ぎ捨てた。視界が一瞬ブラックアウトして、痛みが私を正気に戻す。


 残された目で相手を見据える。少女は私を蹴り飛ばしたまま、息を荒げて肩で呼吸していた。私はよろよろと立ち上がりながら、朦朧とした頭のまま尋ねる。


「みんな死んだって……」


 見ると、少女の目には涙が浮かんでいる。野を駆ける獣のような荒々しい呼吸で彼女は、


「お前らが基地を燃やしたせいで、関係ないみんなも本部に大勢殺された。母さんが死んだから、あいつらは必死にあたしらを狩ってるんだ」

「そんな、なんのために」


 私たちはフォルテ・カーチスを殺した。あの忌々しい奴らも、基地も、全て焼き払った。本部って何。あいつらって誰。私は自由を手にしたはずなのに。


 全てを奪い返したはずだった。けれど、私に向けられているのは怒りだ。


「あたしらは銃だ。軍の秘密兵器だ。敵に見つかったら、捕まえられたらどうする――?そんなことも分かっていないで、クソっ!!!」


 呆然とする私に、少女が飛び掛かる。避けられない。ギンッ、という音と共に火花が散る。顎への強い衝撃と視界の明転。何も理解できないままに少女に胸倉をつかまれ、頭突きをくらわされた。街を、窪地の底を背に、私はパウダーブルーの瞳と向き合う。


 少女はホルスターからその体格に似合わない巨大な拳銃を取り出し、私の胸に突きつけた。消音器付きの50口径。最初に私を撃った銃。反動の大きなこの拳銃も、彼女の力なら軽々と扱うことができるだろう。


「お前は母さんを、フォルテ・カーチスを殺した。あたしの仲間の未来を奪った。あたしらの幸せを破壊した! ……あたしはドーン・カーチス。最初の処女機兵。第一分隊隊長として、お前を許さない。フォルテ・カーチスの娘として、あたしはお前を殺す」


 言われたことの、半分も理解できなかった――したくなかった。自由のために逃げたらいけないの? カレンは正しくなかったの? 私のせいでみんなが死んだ? あなたは私のせいで泣いているの?


 私は、どうすればいいの――?


 ドーンが引き金に指をかける。死を突きつけられていた。死、終わり、全部。苦しかった地獄のような日々も、銃弾に身を晒す恐怖も、仲間との約束も、カレンの願いも、全てがなくなってしまう。

 いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだ――――!


 銃声。私の脚に、どろどろとした生暖かい液体の感触。私のものではない。ドーンが虚を突かれた表情で銃を取り落とし、自分の腹を抑える。私の左腕、自動小銃が圧縮された兵器の腕から煙が上がる。


 同時に、身体のバランスをくずし、それは右肩から先がドーンの50口径で千切れたからだ。青血液をまき散らし、砂の斜面を転がり落ちてウッド・ベガの街へ。吸い込まれていく。


 斜面から突き出た岩が私の身体を傷つけていくのを感じた。剥き出しの右肩関節に砂が纏わりつく。ボロボロで、私は、奈落へと落ちていく。


 でも、もう、痛みも何も、感じなかった。


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