コラム ―― 文末、人称視点
|ω・)
どうもみなさん。紹介者でございます。
今回は文末について。
気にする人は気にする文末。
具体的には。
「晴れていた」「寒かった」「お腹が減った」「遊びに行った」
文末が「~た」と言う過去形で終わる書き方が連続するケース。
文章が単調になり、言っては何ですが小学生の作文のようです。
時々目にしますが、文末に気を使えない作者の作品は読んでいられません。
気にしなければ良いだけの話かもしれません。しかし気になりだすと「~た」が頭にこびりつき、失礼ではありますが、とても頭の悪そうな文章に見えてきます。
「~た」だけに留まらず「~る」で終わる文末も多く目にします。
やはり気になりだすと、以下同文。
紹介者も小説を書き始めて半年以上自ら気付けませんでした。
自分が気付くと他者の文末も気になりだすと言う身勝手さではありますが。
細部に渡って気を配っていきたいものです。
調べものをしていて「?」となった事をひとつ。
三人称で内心を描くのは不可。
客観視点なのだから登場人物の心の内は見えない、だから書くのはタブーである。
つまり「彼は誰某の呟きに苛立った」はペケ、「彼は誰某の呟きに眉を顰める」はマル。あくまで映画的手法である事から、内面を描けない代わりに表情を描く。
この解説は三人称客観視点の事で勿論書き手の主観が混じってもアウトです。
で、更に深堀して調べると、なんでもいいじゃん、に辿り着きました。
ただ、視点のブレが発生するならば、その作品は評価に値しないと。
三人称多元視点(神視点)になると視点のブレが発生し易く、三人称一元視点ならばブレも発生し難く心情描写も出来る、となりますが、主人公の主観で構成され客観的な事柄を描けない、となります。
ここまで来ると面倒臭くなり、書きたいように書きゃいいじゃん、にしかなりませんでした。紹介者自身何も考えずに書いてますし。
以前近況ノートでは一人称の視点変更で文句垂れましたが、三人称でも文句を垂れなきゃいかんのか、自分の小説にもツッコミ入れるのか、となると誰がそんな面倒臭い決まり事を作ったのだ、となってしまいまして。
結局、読み手が読み易く混乱を来さない文章であれば、人称も何もかもすっ飛ばしても支障無いのでは? と結論を得た次第です。
とは言え公募で受賞目指すならば決まり事は守った方が良いでしょう。
それよりも気になった事が。
心情と心理を一緒くたにして語るサイトがやたらと多いのです。
滔々と解説しながら心情と心理をごっちゃにして記述される有様。
日本語学び直したら? と言いたくなりましたが、我が身に置き換えれば言える訳もなく。
人の振り見て我が振り直せ、でした。
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