第94話

「英国女王の神経を逆なでたことは謝る。もちろん、あんたにもな。サミイを自分だけのものにしたくて堪らなかった俺は、兄であっても王位のないあんたに十年前、王宮を出て行けと命令した。




 けど、サミイをあんたに返してやるよ。俺の結婚式が終わったら、どこにでも連れて行け。けどな、俺の大切なものをやるんだから、英国女王には阿刺伯国は子猫のように大人しい国だと報告しておけよ」




「アシュラフ。サミイは君といることを選んだはずだ」




 ジョシュアは声を荒げ、サミイは嗚咽を漏らさないように口元を覆う。




「十年前はな」




 アシュラフは、ツカツカとサミイの傍に寄って行き、薄い背中を力任せに押すと、ジョシュアの目の前に突き出した。




 そして、ミオのところに戻ってきて、手首を力まかせに掴んだ。




「代わりに、こいつは俺が面倒みてやる。阿刺伯国での滞在期間が終わったら、英国に一緒に行こうと申し込みもしない、あっさりとした関係なんだろう?やるだけやって、いい思い出だけ作って、お前だけとっとと英国に帰るつもりだったんだろう?」




「やめろ。アシュラフ」




 ミオの腕を掴んで強引に歩き始めたアシュラフは、ジョシュアとサミイの前で止まった。




「おい。サミイ。俺がやったブレスレットを外せ。こいつにくれてやることにした」




「アシュラフッ!!お前は、僕がいなくなってからずっとサミイと一緒にいたんだろう?どうして、急に悲しませることするんだ?」




「決まってる。あんたに恩を着せるためだ」




 音もなく涙を流し、サミイがブレスレットを外した。アシュラフはそれを奪い取ると、ミオの手の腕に無理やり嵌めた。




 アシュラフは、ミオの手首を掴んだ手とは逆の手でサミイの手首を掴むと、手のひらの方をジョシュアに向けさせる。 




 浅黒い肌に真一文字の線が走って、肉を薄く盛り上げていた。




「ジョシュア。覚えているか?この傷を。サミイはこういう神経の持ち主だ。ミオとサミイ、二人同時に可愛がってやるという案は、最初からないからな」




 アシュラフはミオを引きずって歩き出した。




 ジョシュアは、ミオもサミイも見ておらず、黙って床を眺めている。




「ジョ……ジョシュア様」




 蚊の鳴くようなミオの声が、静まり返った部屋に響いた。

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