第75話

「『白の人』の一行が、この街を通ったって聞いたんですが」




「あんたは行商のお兄さん?砂で目をやられたのかい。可哀想に。それにしても、阿刺伯国の言葉が上手だね」




 市場の人間は、十字星号の鞍に積んだたくさんの荷物を見て言う。上等なサイティを着て奴隷印を隠したミオのことを、完全に欧羅巴の商人と思っているようだ。




「けど、商人にしては情報が遅いねえ。きっと、新人さんだろう?『白の人』一行は一昨日、この街を立ってしまったよ。もう、イリアの街に着いているだろうね」




 ミオは、懐から地図を取りだした。指で追う。イリアの街はオアシス都市テンガロから小さなオアシスを挟んだ先にある。今、出発すれば昼には小さなオアシスに。少し休憩してまた走り出せばイリアの街に夜に入れる。




 しかし、屈強な男でも日中に砂漠を越えるのはきついと嘆く。身体が弱りつつあるミオなど、数日起き上がれなくなるに違いない。




 怖気づく自分を叱咤するように、ぶんぶんと首を振る。




「ジョシュア様が密偵でないと、王宮の兵士たちに伝えなければ」




 たとえ、ジョシュアが密偵であったしても、自分が黒い水の言い伝えを教えそそのかしたのだと言おう。ジョシュアの疑いが晴れるなら、自分の命など無くなってかまわない。




 ミオは、また小袋から滋養剤を取り出した。




「今回、あまり時間を空けていないな」




 ミオは、滋養剤の粒を見て呟く。




でも、真昼の砂漠を超えると決意したのだから、迷いはなかった。口に含んで、十字星号の手綱を引き、街中を走り始めた。




 そして、反対側の出口に出て背中に飛び乗った。




「着いたばかりなのに苦労かけるね。次のオアシスまで頼むよ。なあに、すぐそこだ。お前の足なら一瞬だよ」




 太陽の昇り始めた砂漠を駆けだして、ミオはすぐ後悔した。港町サライエは日差しはきついが、海の近くなので僅かながら風が吹く。




 しかし、灼熱の砂漠は無風だ。じりじりと身体を焼かれ息をするのも辛い。水を積んだ革袋を開けて水分を取ろうとしても、中身は熱湯に変わっている。




 さすがに、十字星号の足も遅くなってきた。

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