第73話
そして、喉を潤したラクダに話しかける。
「初回から大変な旅になりそうですまないね。どうしても、大切な人を助けに行きたいんだ。協力しておくれ。そうだ、名前を決めよう。お前は、胸に白い毛がクロスしているから十字星号でどうだい?」
前のラクダが北斗星号だから星繋がりだ。ジョシュアに再会できれば、北斗星号にも出会えるだろう。
北斗星号が懐かしかった。聞き分けのないときもあるが、叱られてばかりいるミオに、鼻先をこすりつけて慰めてれくれる優しいラクダだった。
額の奴隷印がターバンで隠れているか確かめて、十字星号に跨った。きちんと人を乗せたことがない若いラクダは最初、嫌がってぐるぐると円を描いて同じ場所を回った。
「十字星号頼むよ。いい子だから」
ラクダの扱いは最初が肝心だ。鞭を振って覚え込ませると、もうその方法でしか命令を聞かなくなってしまう。
ラクダだって立派な砂漠の案内係。力で抑え込むようなことはしたくない。
早くジョシュアに会いに行きたい気持ちを押え込んで、十字星号をなだめたりおだてたりする。
ようやく立てや座れ、走れという基本的なルールを飲み込んだ十字星号は落ち着きを取り戻した。なぜ怒られるのか、なぜ褒められるのかわからなくて怯えていただけなのだ。
「さあ、行こう」
テーベの街を出ると、硬い蹄で砂漠の細かい砂を蹴散らして、十字星号が走り始める。ラクダの背に乗っていると遠くまで見渡せた。滋養剤はまだ効いていないはずだが、身体の血が騒ぐ。
トットットッと誰もいない夜の砂漠に、十字星号の駆ける音が響く。
月が天高く上がっていく。懐に忍ばせた地図など見なくても、ミオは星の位置でテンガロがどこにあるのかわかっていた。
途中、小さなオアシスが視界を捕らえた。だが、まだ若い十字星号は走るのが楽しくなってきたのか、止まりそうになかった。
「一気に行くぞ」
ミオの荷物の中で、ドロップの缶に詰めた小銭が音を立てていた。
少し前まで、貯めた小銭でサライエの海沿いの出店で装飾品を買うことがミオの最大の願いだった。それを持っていれば、死後に願いが叶うと奴隷たちの間で言われていたからだ。
でも、今は、ジョシュアを助けることに全てが向いていた。それ以外の望みなど、今のミオには無い。
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