第40話

「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」


 最初、ジョシュアの背中に隠れていたミオだったが、「坊ちゃん」などと言われ、丁寧な店の人間の態度に仰天した。


「弟は、砂漠の砂で目をやられていてね。目を洗わせてやって欲しいんだ」


「まあ、可哀想に。水の入った桶をお持ちしますね。この通りには欧羅巴人が営む病院も小さいんですがありますよ。ひどくなるようでしたらそちらに」


 疑われる前に、それらしく振る舞うとはジョシュアは、なかなかの策士だった。店の人間がいなくなった途端、「ね?」と片目を瞑る。


 食事が終わる頃になると、太陽が照り始めた。食事を終えた人たちは、宿に戻るかのんびり店の軒先で飲み物を飲んだり、土産物を選んだりしている。


早朝は、テーベの街にやってくる旅人と、出て行く旅人でごった返していたが、日中は、無理な旅をする旅人以外は太陽光線を避ける生活をするので、半分以下の静けさだ。


 街が再び活気を取り戻すのは夜になってからだ。


 ぶらぶらと街を散策し始めたジョシュアに、ミオは付き合う。店から店を移動するときはどうしても太陽の光を浴びてしまい、砂の落ちる時計のように、徐々に疲労感が身体に溜まっていく。


 昨晩、眠る前に滋養剤をきちんと飲んでおけばよかったと後悔した。忘れるなんて、自分は少し浮かれている。


 水たばこの店は、まだ昼前なのに混み合っていた。この手の店は水たばこが吸えるだけではなく、カードゲームなどの賭け事もできる。また、長期の旅人の貴重な情報交換の場だ。


「ちょっと休んで行こう」


 ジョシュアが、店の中に入っていく。


「『白』が店の中に入ってきた」と言われやしないかと、ミオは気が気ではなかった。怯えながらジョシュアのあとをついて行くが、ここでも「ようこそ。旅の旦那様。坊ちゃん」と歓迎を受け、菓子まで振る舞われた。


 ジョシュアが頼んだ上等な水たばこを勧められ吸わせてもらう。吸い込み過ぎて盛大にむせて笑われた。


 全てが夢のようだった。


 こんな店に入ることができて贅沢をさせてもらっているのも、宿でのドロップの甘い罰も。


 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。


 嬉しいはずなのに、泣きたくなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る