第34話

 歩き出すと、ジョシュアがミオの後をついてくる。隣に並ばれた。


「どうして、離れていこうとするの?それに、今朝はあまり話もしてくれないね」


 肩に手を置かれ、ミオは背中を丸めた。


 昨晩のことを思い出す。たき火にくべる枝が無くなって、ジョシュアに「一緒に寝よう」と誘われたのだ。


 戯れの口づけも、きつい抱擁もなかった。


 ただ、抱きしめられて眠った。


 再び口づけがしたければ、ジョシュアは旅の旦那様なのだから、好きにすればいいだけなのに。


 この手のことに経験がなく、他人の好意にかなり鈍いと自覚しているミオであっても、ジョシュアにとても気遣われていることを察した一晩だった。


「なんだか恥ずかしくて、どうしていいのかわからなくて」


「ちゃんと僕を意識してくれているなら、嬉しいよ」


「意識というか、なんというか」


 しどろもどろになるミオを見て、ジョシュアは軽く笑う。


「一緒に探そう。この人の出では、すんなり宿が取れるかもわからない」


 いつの間にか、すっかりジョシュアのペースだ。


 北斗星号を引きながら、連れだって歩き出す。


 土産物屋には阿刺伯国のものの他、英国のグレードマザーの肖像画や欧羅巴の紙国旗なども並んでいる。


 ジョシュアが、呆れ顔でグレートマザーの肖像画を手に取った。


「サライエの土産物屋にもあったね」


「四年前に、異国に解放されてから並ぶようになりました。阿刺伯国にはない色使いで、見ていて楽しいです」


「頑固に国の門を閉ざしていたくせに、阿刺伯国の王に一体何があったんだろう」


 ジョシュアは、いぶかし気な顔で肖像画を見つめている。


「グレートマザーがお導き下さった、と聞いていますが」


 すると、ジョシュアは肖像画を元の位置に戻しながら言った。


「英国は、阿刺伯国の開国に手引きはしてないよ」


「え?そうなのですか?西班牙の王女様が阿刺伯国に嫁いでいらしたのも、グレートマザーの進言があったからと」


 いやいや、とジョシュアは首を振った。


「それは、西班牙が独自にやったことだ。グレートマザーは少しお怒りだ」


「ジョシュア様は『白い人』だけではなく、グレートマザーともお知り合いなのですね。凄いなあ」


 ミオは、少しだけ心が躍る。


「グレートマザーは、千艦もの軍船をお持ちって本当ですか?」


「千艦はないかな。その半分ぐらいだ」


「とても冷静で、戰上手なんですよね。女性なのに、すごいです」


「いいや。本当は、かなり感情的な方なんだよ」


「阿刺伯国の富裕層の方は、冷静な英国女王にあやかって、グレートマザー印の商品は勝負のお守りみたいに大事にされていますよ」


 ミオが真面目に答えると、ジョシュアは堪えきれないというように笑いだした。

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