第28話

「ミオさんは、サライエに戻ったらまた別の人を砂漠に案内するの?」


「それが、俺の仕事ですから」


「君は逃げずにえらいね」


 ぽつんとジョシュアが呟く。それから暫く考え続けた後、


「何日になるかわからないけれど、旅を延長してもいいかな?」と言った。


「はい!喜んで」とミオの声は弾む。


「じゃあ、今日はこのオアシスに泊まろう。天幕を張ってもらえる?僕は少し調べたいことがあるから、それが終わったら手伝うよ」


 ジョシュアは木箱を小脇に抱えて、砂漠キツネの巣がある場所に行ってしまった。なんだか元気がないのが気になったが、天幕の準備を求められたので着いていくわけにもいかず水辺に戻った。


 荷物の中から、天幕一式を取り出す。ヤギの皮で出来た天幕は、畳めばとても小さくなる。支柱は、はめ込み式で一メートルほどの長さの木を数本つないで作る。


 天幕を作り終えると、夕食の準備に取り掛かった。たき火を起こして、野菜と肉を煮込んだスープを作る。できあがった頃には、外は真っ暗になっていた。


 ジョシュアは、まだ戻ってこない。もしかして、蛇に噛まれて毒が回り動けなくなっているのではないかと心配になり、ランプを手取った。


 ちょうどオアシスと砂漠の境目の辺りで、ジョシュアがぼんやり空を眺めていた。こんな顔を何度か見たことがある。


 足元には荷物の木箱があり、金属の棒のようなものを手に持っていた。


 声をかけるのを戸惑うほど、表情は暗かった。


 傍に行こうと数歩歩き出して、ミオはうっと顔をしかめた。


「この匂い。黒い水だ。一体どこから?」


 黒い水はねっとりした質感の真っ黒な液体で、火をつけるとよく燃える。しかし、匂いがいただけない。


 多くの町や村がまだ水不足で悩まされている阿刺伯国では、価値のない水とされていた。


「迎えにきてくれたのかい?」


 ミオの存在に気付いたジョシュアが、言う。


「夕食の準備をさせていただきました。お仕事がお済みでしたらいかがですか?それにしても酷い匂いですね」


「この地下に、黒い水が眠っているらしい」


 ジョシュアが長い金属の棒を畳み、木箱に戻しながら言った。辺りを見ると手のひらほどの穴が砂の上に幾つも空いていた。


 ジョシュアが開けたらしい。技師の仕事でもしていたのだろうか?


「休暇だけではなくお仕事も?もしかして、ここら辺に英国主導で新しいカナートができるのですか?」

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