第三部
第51話 決意
真人は加速を維持したまま施設を抜け、次の施設、そのまた次の施設……と、幾つもの扉を越えて突き進んでゆく。
扉はなるべく上に繋がっていそうな方を選んだ。
そうやって幾つ目かの通路を抜けて扉を開けた瞬間、急に目の前が緑色に埋まった。
真人が加速状態から一歩で停止する。
そこは何かの制御室らしい。壁の一方が全面スクリーンになっている。
写っているのは地球の植物だろうか?
スクリーンの全面は、目に優しい緑色に埋まっていた。
「ん? いや違うな……これ、スクリーンじゃないや。窓だ」
植物の葉の一部が窓にぶつかっている。
どうやら壁の一面が透明な素材でできており、そこから隣の部屋を見ているらしい。
隣の部屋はかなり大きそうだ。
天井も高く、そこに色んな種類の植物が生い茂っている。木々が邪魔でよく見えないが、中央には池まであるようだ。
「植物園か、栽培試験場か、それともセカイの小型版……テスト場かな?」
声に出してみた真人だったが、仮に元がそのどちらかだったとしても、今は手入れはされているようには見えない。
放棄された後、涸れなかった分が勝手に育った感じだ。
「カナンリンクって、こういうところが多い気がするな。
もしかして、もうマトモに動いてないんじゃ……」
今いる管制室っぽいところも、モニターやコンソール類の大半は電源が落ちている。
動かしてないのなら地球に帰せ……と内心で毒づきながら、真人は出口を探す。
入って来た場所以外で開きそうな扉は一つ、透明な壁に付いている物だけだ。
少し迷った真人だったが、結局中へ入ることにした。
中へ入ると緑の臭いが漂ってきた。何故か、とても懐かしい臭いだと感じる。
部屋の広さはちょっとした野球場ほどか。
天井は青空になっている。
どこからか気持ちの良い風も拭いており、その度に木々がざわっと揺れた。
単調な空調とはまた違う感じの柔らかい風で、それが植物の出す熱気を自然に近い形で散らしていた。
おかげで植物園のように空気が淀んでない。
少し先からは水音が響いている。
青空と相まって、真人にはまるで本物の自然の中にいるように感じた。
「小学生の頃に中庭に作ったビオトープを大きくしたみたいだな。
生き物は全然いないみたいだけど……」
虫や小動物にウヨウヨいられても困るが、何もいないというのも不自然だ。
真人は伸び放題になった雑草をかき分けて中央の池に出た。
三つの池があり、それぞれが水路で環流する作りになっているようだ。
魚でもいるかと思って覗いてみたが、何もいない。
「やっぱり何かの試験場かなぁ……ん?」
ふと、真人が目をとめた。
管制室からは木陰に隠れる位置に小さな花壇と家庭菜園が作られていた。
少し荒れているようだが、それでも花は綺麗に咲いているし野菜も順調に育っている。
花壇の少し先には廃材から組み立てたような小屋もあった。
この場所と一緒に作られたものでは無さそうだ。
その脇には手作りらしいかまどと、ロープを張った干し場まである。ロープには乾ききった洗濯物が数着、吊るされたままになっていた。
その脇には廃材から作ったらしい椅子がキチンと閉まってある。
間違いなく、ここには誰かがいたのだ。
「失礼します……誰か、おりますか?」
恐る恐る中を覗いた真人が、軽く目を見開く。
最初に飛び込んで来たのは絵だった。
小屋の壁一面には、大小様々な絵が貼られていた。紙に描かれた絵や、板きれに書かれた絵、壁に直接描かれた絵もある。
タッチはリアルだが、どことなく柔らかい印象を受ける。
その内の一枚を何気なく見る。
どうやら、さっき見た花壇らしかった。絵には花壇と一緒に――
「あ……違う。これは、ここの絵じゃない」
真人が小さく呟く。
絵の奥にあるのは――地球の風景だった。どこにでもあるような普通の家の庭だ。
後ろには普通の町並みも描かれていた。
「描いた人の故郷なのかな……」
ここにいた人は、故郷を思い出したのだろうか。
絵は二度と忘れないための物なのか、あるいは誰かに地球を教えようとしたのか。
あらためて絵を見る。
絵の大半は真人でもよく知る地球の風景が描かれていた。
風景には必ず人も描かれている。
絵の中では、皆が笑っていた。
――ふと、真人が木で組まれた簡素なベッドの枕元に貼ってある絵に目をとめた。
それだけ子供が描いたような絵だった。
楽しそうに笑う大人らしい男性と女性、そして小さな子供の三人が描かれている。
下には文字も書いてあった。
書いてあった言葉は……
「お父さん、お母さんへ……か。子供からのプレゼントなのかな」
この三人が本当の家族だったのかは分からない。だが、少なくとも三人の人間がここで家族として暮らしていたのは間違いない。
――そして、今は何処にもいないことも。
地球の絵を何枚も描いていたのだから、ここに住んでいた人達はきっと真実に気付いていたのだろう。
そして、故郷に帰りたがっていた。
故郷である、地球に……そう考えたところで、真人が顔を歪めた。
そっと紙の束から目を外す。
居たたまれなくなったように小屋から出て行こうとして、ふと入り口付近の壁に下げられた鏡に目が止まる。
鏡には誰か知らない顔が映っていた。
不意打ちだったせいで、真人が顔を歪めた。
怒り、嘆き、絶望……様々な表情が浮かんでは消える。最後には泣き崩れた。
部屋に小さな嗚咽が響く。真人の肩が小さく震えていた。
なるべく考えないようにしていたが、本来の身体を失った事実はとても重かった。
それに、真人にとって重い事実はもう一つあった。
――自分が地球へ帰るのは、おそらく無理だという事実。
地球では、この小さなピンクブロンドの身体をどうにもできない。
充電することも、メンテナンスも不可能だ。
仮に緩慢な死と引き換えに無理やり地球に戻ったとしても、自分が聖真人だと証明できる物は何も――
「駄目だっ、考えるな! 考えちゃ駄目だ。今はまだ、何も……っ!」
うずくまったまま真人が床を叩いた。
叩いた手で、崩れ落ちそうになる身体を支える。
この体だけでも残ってくれたのは間違いなく幸運なことだ。それは分かっている。
それでも……身の不幸を呪う心は、胸の片隅にくすぶっていた。
小さくて愚かな思いだと分かっているが、振り払うことはまだできそうもない。
なぜ自分だったのか。
なぜ自分がこんな目に会うのか。
自分はこれから何を望み、どう生きていけば良いのか――
地球へ帰れないのなら、ここで暮らすしかない。
ここで暮らすなら、待つのはキュリオスたちとの戦いだ。それは永劫続く。
それが嫌なら、彼らと何らかの取り引きでもするしかない……
「駄目だっ!」
真人は大きく息を吸い込んで、一気に吐き出すように叫ぶ。
誰が! 誰が負けるか!
自分は九輪を、自分の意志で殺した――ならば、この苦しみは罰だ。楽になる道は選ぶなという、九輪から与えられた罰だ。
「九輪さんは僕をヒーローと呼んだよね。
――いいよ、受けるよ。
誰かを救うために苦しまなければならない人が必要なら、僕が……!」
あえて受ける。
それに、自分は――聖真人だと自覚する、この小さな身体は、まだ生きている。
何もかも失った訳じゃない。
嫌でも、罪を犯しても、大切な物を幾つも失っても、生きてるなら先へ進むしかない。
それに仲間だっている!
絶望の中でも諦めず、やっと這い上がってきた仲間たちが。
アイビストライフの皆だって大勢の仲間を失った。彼らの計画は全て失敗した。
だけど……それでもなおも彼らは再び立ち上がった。
自分も彼らの仲間の一人を名乗った以上、遅れないよう必死で付いていこう。
「這い上がれなくても、せめて前に進むんだ。
行けるところまでだ!
そうさ……こういう現実なら受け入れてやるさ。
なあ、聖真人?」
真人がもう一度立ち上がり、鏡をのぞき込む。
見つめ返すピンクブロンドの美少年は、さっきより少しだけマシな顔をしていた。
その顔が徐々に赤くなっていく。
「じ、自分に照れてどうするんだ……」
真人が苦笑いすると、鏡の前を離れた。
小屋の外に出る。
外は相変わらず気持ちの良い風が吹いていた。
その姿がかき消えた。
ピンク色の残像が一瞬だけ残り、やがて香りのように景色の中に溶け込んでいった。
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