第47話 黒い霧と白銀の騎士

 セカイの中央に巨大な穴が開いていた。

 周囲には黒い霧が渦巻いている。

 真人はガランサスを黒い霧の効果範囲ギリギリで停止させると、そのまま空中から周囲をセンシングする。

 下には大きな川が広がっており、工事の途中で放り出したような橋がかかっている。

 瀬良が言っていた橋はこれだろう。


「瀬良さんは、この奥に町がもう一つあるって言ってたけど……」


 真人がセンサーと睨めっこする。

 だがガランサスのセンサーは当てにできそうにない。よく見れば急ごしらえの機体で、かなり無茶な作りになっている。

 仕方がなく真人が胸部ハッチを開けると、首を出して自分の目で見る。

 その瞳が機械の輝きを灯した。


「――見えた!」


 道沿いに進んだ先に集落があった。

 正確に言うなら、その残骸が。

 黒い霧の範囲内にあるため、町は――町だったものは、木も、鉄も、岩も、土も、何もかもが半ば白銀の砂に還っていた。

 動く人はいない。

 そこが元から廃墟だったのか、いま廃墟にされたのかは分からない。


「もっと詳しい状況が分かればいいんだけど。

 他に方法は……そうだ、これでデータを引き出せないかな?」


 真人がカナンリンクの制御鍵を見る。

 使い方はなんとなく分かりそうな気がする。

 真人の機械の目にデタラメな走査線が走り、制御鍵がどこかへアクセスを繰り返す。

 ――その瞬間、真人の視界が真っ赤に明滅し、頭の芯がジーンと痺れる。

 ガランサスの中で何度も頭を振り、飛びかけた意識をムリヤリ覚醒させた。


「いたた……うう、やっぱり駄目か……」


 ズキズキと痛む頭をかかえる。

 真人にはカナンリンクの情報を処理する機能がない。

 それなのに無理やりデータ処理を実行したため、エラーを履きまくった揚げ句に処理部分が一部落ちたらしい。

 頭が痛いのは、そのせいだろう。


「記憶や人格を再現する部分が壊れたら……僕は本当に死んじゃう。

 無茶は止めておこう」


 そう呟いて、ふと息を飲んだ。

 自虐の笑みがその端正な顔に浮かぶ。


「死ぬ――死ぬだって?

 なら、このピンクブロンドの小さな機械は生きていると……」


 言いかけて、真人が言葉を飲み込んだ。

 スイッチを切っていた真っ黒なモニターの表面に写るピンクブロンドの顔を、険しい目でにらみつける。

 誰か知らない顔が語っている。

 ――おまえの何処に聖真人だった部分があるんだ?


「いいか、真人!

 いまの疑問は二度と口に出すな。絶対だ。

 僕のためじゃない、アイビストライフの人たちのために……

 俺は、聖真人だ!」


 深呼吸を一度。

 それで迷いを払う。忘れるのは無理だが、悩むなら後でいい。


「今、やれることをやるんだ。

 やれることが何も無いなら考えろ、真人! これ以上、堕ちるな!」


 黒い霧は徐々に濃くなってゆく。時間はない。

 真人はガランサスを霧の境界に沿って飛ばした。


「デュミナスは、これを無力化できたんだ。

 何か方法がある筈……」


 頼みの綱は、自分の中にあるカナンリンクの制御鍵だけだ。

 だが、直接カナンリンクのデータアーカイブを読み取ることはできそうもない。

 他に何か……


「まてよ……デュミナス?

 僕のこの身体は彼女のバックアップだった。一度同期もしてるし、彼女の記憶なら見られるかも……」


 例えデュミナスのデータでも、カナンリンクの主記憶槽に保管されている分は見られないだろう。

 だが彼女のもっとプライベートな記録だったら、可能性はあるかも知れない。

 例えばこの身体自体にもあるかも知れないし、グローバルスペース内にプライベートな保存領域を持っているかも知れない。


「プライベートな記録……例えば、彼女が持っていた僕のデータを――」


 同期したときのデータが残っているなら、手がかりになるかも知れない。

 制御鍵を使ってもう一度カナンリンクの中に身を躍らせる。


「あった――んっ!?」


 その瞬間、真人の意識に何かが触れた。

 驚いた真人が慌ててリンクを解いた。

 一瞬デュミナスかとも思ったが、そういう感じはしない。キュリオスとも違う。あいつならもっとネットリと触ってきそうだ。

 しばらく待ってみたが、特に何も起こらない。


 真人は恐る恐るカナンリンクから得たデータを解析してみる。

 それはサロゲートたちが操られて離反した時のデュミナスの記録だった。故障扱いされていたから正規のアーカイブには乗らなかったのだろうか。

 デュミナスの記録は知識というより肌感覚のように感じられる。まるで経験を直接読み取っているかのようだ。

 真人はデュミナスがデヴァステイターを無力化した時のデータを苦労して言葉に落としこんでみる。


「デヴァステイターには寿命がある……のか、な?

 デュミナスは、強制的に活動時間をゼロにすることで無力化を図ったんだ。

 ――よし、なら!」


 真人が周辺のデヴァステイターに干渉を開始する。

 干渉によって稼働時間を強制的にゼロにされた黒い霧は一気に色を失い、ずっと細かな白銀の砂となって地面に散った。

 稼働時間が尽きたデヴァステイターは、最後に自分自身を無害なゼプトライトの塊にかえてしまうらしい。

 結果を確認した真人がふうと大きく息をつく。

 効果範囲はさほど大きくはないから苦労はしそうだが、それでも手も足も出ない訳ではない。

 真人はガランサスを一気にブーストさせると、そのまま黒い霧の中に突っ込んだ。


「この霧はどこからか供給されている筈だよね……

 まずはそれを何とかしよう。

 供給源を探し出して……止める! 止めてみせる!」


 ざっと見た限りでは、霧の中心と思わしき場所は三ヶ所ほどある。そこで霧は渦を巻き、まるで柱か竜巻のように見える。

 真人は霧がもっとも濃いエリアに、近づけるギリギリまでガランサスを進めた。

 機体の周囲では、無力化された霧が白銀の砂に変わって散っていく。

 その場で真人が目をこらした。


「あった! きっとあれだ」


 真人の視線の先には小さな黒い球体が浮かんでいた。

 大きさはゴルフボールくらいか。

 質感は金属のようにも思えるが、実際は分からない。

 これが自分自身に蓄えられたゼプトライトを材料にして黒い霧を産んでいるようだ。


「あれを止めれば……」


 さっきのデータにもあるが、球体自体には分解や変成の機能はない筈だ。

 ならば壊すのも手だろう。

 ただし、あれに近づくということはデヴァステイターの塊に正面から突っ込むことを意味する。

 真人は試しにガランサスのガンポットを数発、球体に打ち込んでみた。

 弾はほとんど球体まで届かずに消滅する。

 唯一、エナジーフラックスを放射する特殊弾だけが命中してくれた。

 だが一発ではほとんどダメージはなさそうだ。


「残弾の中にあれは何発あるんだろ?」


 真人がガランサスの火器管制システムを呼び出す。

 しかし残弾管理とか、そんな上等な物は付いていないらしい。

 マガジンを抜いて見ようとした瞬間、バチッと大きな音がして機体が揺れた。

 慌てて真人が距離を取る。

 どうやら意識を別の方へ向けた瞬間、無力化のスピードが落ちたらしい。

 ガランサスが受けたダメージを確認しようとするが、ダメージモニターもないようだ。

 サブディスプレイには飛行関連や動力のステータスしか表示されない。


「――このサブモニターって、皆が持ってた情報端末を流用してるんだ。

 これでデータ処理もやってるなら、複雑な情報は拾えないか。

 時間なかったんだろうな」


 感じからして、ガランサスの元になっている物は地上設備の建築用に使っていた、宇宙服を兼ねた小型重機だろう。

 それにサーフクラフトのフィールド推進器やらアビオニクスを強引に追加した物らしい。

 むしろ短時間でよくここまで仕上げた物だと思う。

 だが、このままでは無茶ができない。いきなり落ちられても困る。


「しょうがない……」


 真人はハーミットが着けてくれたチョーカー型のコネクターを確認する。

 その先は有線でガランサスの動力と繋がっている。

 ついでに左甲のインジケーターを見る。徐々に回復してきているようだが、残量は微々たる物だ。

 ソートナインドライバーで無から汲み上げてもいいが、できれば無茶は避けたい。


「ガランサス、頼りにしてるから頑張ってね?

 ――よっと!」


 真人はガランサスのハッチを開けると、加速と反加速を使ってそのまま肩口に飛び乗った。

 機体を目視で点検する。

 右肩の装甲に大きな傷があった。傷の周辺は白銀の砂になりかかっていたが、内部までは侵食されていない。

 パッと見た感じ、ダメージはそれだけだ。


「行動に支障なし。

 よし、ならこのまま行く」


 コードで繋がっていれば、ガランサスは動かせる。

 真人はちょっと考えてから、フィールド衝角のランスを取り出した。


「これなら綾香さんの蹴り一発分くらいの威力は出るはず。

 機体の保護は僕がやれるし、ガランサスのシールドには一応パワーキャスターも付いてる。

 ――大丈夫、無茶はしないからね?」


 ただのお約束だろうが、持ち主の一人から返せと言われてたものを積極的に壊すわけにも行かない。

 真人がガランサスの頭部を軽く撫でる。


「よし、行く!」


 真人がガランサスの肩口に乗ったまま、前方を見やる。

 その奥にはさっきの黒球があるはずだ。

 真人がガランサスにランスを構えさせたまま、黒い霧の中に機体を飛び込ませた。

 ランス先端の破壊フィールドが黒い霧を切り裂いてゆく。

 処理仕切れなかった分も、真人の制御範囲内に入った瞬間に無力化される。

 その様は、まるで銀色のバリアのようだ。


「そろそろか……」


 真人がアクセラレーターのレンジを一気にあげた。

 主観が一気に引き伸ばされる。

 ガランサスの反応も遅くなるが、別に複雑な機動をしたいわけではない。

 狙うのはただ一点、黒球のみ。


「見えた!」


 ほぼ正面! 微調整だけでいけそうだ。

 デヴァステイターの密度も一気に上がったため、真人は無力化に全力を傾けた。

 それでも足りず、ガランサスのシールドに装備されたパワーキャスターも全開にしてデヴァステイターの中を突進していく。

 ガランサスは速度を保ったまま突き進み――ランスの先端が、黒球の真芯を正確にぶち抜いた!

 破壊フィールドを放出し終わった先端のフィールド衝角が自壊する。

 この槍は使い捨てらしい。


「よし!」


 そのままブーストをかけてデヴァステイターの効果範囲から一気に離脱した真人が、ガランサスの上でガッツポーズをする。

 黒球が消えると、黒い霧の密度は目に見えて減っていった。


「機体は傷だらけになっちゃったけど、ダメージは……たいしたことはなさそうだね。

 ――うん、大丈夫だ。よしよし」


 真人が身を乗り出して機体を確認した後、もう一度ガランサスの頭を撫でてやる。

 そうすると、まるで褒められたことを喜んだかのようにオートリロードが働き、ガランサスの腕が自動で失ったランスの先端を取り替えた。

 太もも部分にあるウェポンラックには三個のフィールド衝角機が残っている。

 黒球は残り二つ。十分な数だ。


「じゃあ、残りの二箇所へ――」


 真人がガランサスを回頭させようとした瞬間、閃光がガランサスの脇を掠めていった。

 莫大な熱と衝撃波が真人とガランサスを襲う。

 真人は反射的に加速に入り、パワーキャスターを展開していた。

 まだ完全には展開はできないが、それでも二次的なダメージのキャンセル程度はしてくれる。

 真人に弾かれた閃光が周囲に衝撃波と熱風を撒き散らす。爆炎が上がった。

 爆煙の中から機体を立て直した真人が、状況を把握する。


「今度はなん……って、えっ」


 真人の顔色がさーっと白く、蒼く変わってゆく。

 そこにいたのは――黒いサロゲートたちだった。全員が大型サーフクラフトの上に立っている。

 綾香、トゥイー、マーキス、ユーシン、森里、そして――


「く、九輪さん……?」


 そこには九輪がいた。

 さっき真人と戦った時と同じ格好のままだ。

 真人がガランサスの上で手を滑らせ、バランスを崩した。


「どう……して……?」


 辛うじて留まるが、真人は歯の根が合わないほどに動揺していた。

 良くできた人形か何かかと思ったが、九輪は意志を持って、ちゃんと動いている。

 九輪は、そんな真人を面白がって見ていた。

 真人が何か問いかけようとして、マーキスがそれを遮った。


「真人……よく見るんだ、これは違う」


「え……?」


 マーキスの言葉通り、真人が目をこらす。それと同時に、その瞳が機械の輝きを灯す。

 そこから得られたデータは――


「まさか……キュリオス、なの……?」


 真人が乾ききった布から一滴の水を絞り出すような声を出す。呆然と見つめる真人の顔は既に土気色だ。

 ――ふと、音が聞こえた。

 真人は一瞬それが何か分からなかった。

 だが、九輪を――九輪によく似たナニカの動きを見て、やっとそれが何か理解できた。

 九輪は笑っていた。


「真人、おめでとう」


 にこやかな笑顔をした九輪のようなモノが、真人を労う。

 だが真人には労われるような心当たりはない。


「なんの……こと?」


「その前に、オレがキュリオスかって話だが……まあ、どっちもだな?

 キュリオスでもある。九輪でもある。

 君たちが興味深かったのでね、統合させて貰ったよ」

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