第45話 デプス

「お帰りなさい、お姉ちゃん……」


「大丈夫だったみたいね、綾香」


 トゥイーがバイザーを跳ね上げて綾香を見る。とても酷い目をしていた。

 本人も自覚があるのか、すぐにバイザーを降ろす。

 その横に座っていたユーシンも綾香に手を振って見せる。

 綾香が二人に軽く会釈した。

 後ろから森里がなるべく自然になるように笑いながら、皆に水の入った容器を振って見せる。


「お茶やお茶菓子はありませんでしたけど、水はありました。

 お湯も湧かせますよ。

 これでしばらく我慢して下さい。

 後でもうちょっと奥まで探してみますね」


「有り難う、森里くん。

 お茶の道具とか、そういう物もちょっとずつ増やしていきたいわね」


「住むところも多少は何とかしたいな。

 色々探す必要ありそうだ」


 マーキスと森里が全員にお湯が入ったカップを渡す。

 トゥイーも受け取るだけ受け取ったが、顔はヘルメットのバイザーを降ろしたままだ。

 皆、しばらく黙っていた。

 その中で最初に口を開いたのは綾香だった。


「これから私たち……どうなっちゃうの?」


「どうもならないですよ……」


 森里が泣き笑いのような顔で応えた。

 他のメンバーも一様に黙っている。

 そう、どうにもならない。それは皆が分かっていることだ。


「――そうだな」


 マーキスが大きく息を吸い込むと、ゆっくりと全員を見渡した。

 ずっと心の中に押し込めておいたことを声に出す覚悟を決めた――そんな顔をしていた。


「地球に帰るには本体と同期を取るだけでいいが、スターゲイトはもう使えない。

 アイビストライフに協力を仰ぐことも不可能だ。

 今更どのツラ下げてという話だ」


「本体と同期を取ったら……本体までも大量殺人者になると思いますよ。

 このままの方がいいです」


 森里の言葉に、綾香が弾かれたように立ち上がった。


「――違うっ!

 だって……だって、私たち、その時……」


 必死に言葉を探すが、うまく出てこないようだ。


「ええ、僕も無罪を主張します。

 あれは僕の意志じゃない。

 でも……無罪だから、どうしたって話で……」


「みんな……きっと、痛かったよね」


 トゥイーがポツリと呟いた。

 聞いた全員の胸中にあった言い訳の言葉がすべて朽ち、身体から漏れ出て行く。

 皆がバラバラに深く重い溜息を付いた。

 生き残った人たちが地球へ帰還するチャンスは、まだ残っているかも知れない。

 だが死んでしまった者は……

 全ては終わってしまったことで、もう取り返しは付かない。

 責任の一端は自分たちにある。


「私たちにできることをしましょう」


 下を向いたままユーシンが呟いた。その声には、少し力があった。


「例えば?」


「アイビストライフをもう一度、結成させる」


 ユーシンの言葉は力強かった。

 全員が顔を上げた。


「キュリオスの望むようなやり方ではなく、私たちにできるやり方で。

 真実を教え、できる限りの手を差し伸べ……必要ならば憎まれてもいい!

 誰かの地球帰還を一秒でも早めることができるなら、そのために何かをしたいわ」


「アイビストライフには生き残りがいますよ。

 少なくとも、一人は間違いなく。

 地球帰還を諦めているような雰囲気は無かったな」


 森里が天井を見上げながら、呟く。

 ――真人は自分たちに何と言ったか。


「目を覚ました後、どうしろとは言ってなかったけど……

 ちょっとは期待されてたのかな」


「見知らぬ誰かのために……か。いいね。

 少しは役に立てる可能性があるなら、オレもそのために何かしてみたい」


 マーキスの口元に笑みが戻ってきていた。

 壁に預けていた背中を離し、前向きに座り直す。

 皆も姿勢を正した。

 トゥイーがヘルメットを畳んで、素顔を出す。

 その目には少し生気が戻っていた。


「何をするの……

 ううん、私は何をすればいいの?」


「まずはカナンリンクについて調べよう。

 知識や情報を増やせれば戦略の幅を広げることもできる。

 対象は何でもいいが……そうだ、素材の生成がどこで行われているかを調べるのはどうだ?

 上手く行けば、地球の技術では作れないような装備も手に入れられるかも知れん。

 そういうモノはきっと将来役に立つ」


「いいですね!

 でも、どうやって……?」


 マーキスの提案に賛成した森里だったが、途中で首をかしげてしまう。

 物資の生成についてはアイビストライフに保護されていた時も聞いたことはなかった。

 デュミナスも話題に載せたことはない。


「作られた物資はどこからか、セカイへ運ばれている筈よ。

 その搬送ルートを見つけましょう」


「そういえば商品は使っても一晩寝れば元通りになるって聞きました。

 どこから合成された物はセカイに自由に運ばれて……」


 綾香の語尾が少しづつ小さくなる。

 その顔は青ざめ、目は見開かれ……困惑と恐怖の表情が広がっていった。

 全員が慌てて綾香の見ている方向に振り返った。


「後ろに何かあんのか?」


 綾香の視線の先にいた当人が脇へ一歩避けつつ、自身も後ろを振り返える。

 だが後ろにあるのは壁だけだ。

 綾香たちの目は壁には向かず、脇へ避けた当人を追う。


「もしかして隠し扉でも見つけたとか」


 おどけた口調のが、ボケに気軽に突っ込んでくれという態度でおどける。

 だが誰も何も言い出せなかった。

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