第8話 地球帰還の最初の一歩

「何って……人に見えるよ」


「有り難う、私も人でありたいと思うよ。

 でもいまカナンリンクにいる大半の人は、実験のための機材に過ぎない。

 よくて実験動物。

 最悪なことに、ここにいる大半の人たちは誰もそのことに気づいてもいない……いえ、気づくことを許されていない。

 その為の能力と手段とを奪われている」


 シェリオがふっと息を継ぐ。

 片手をハンドルから離し、前を向いたまま自分の頭を軽く指す。


「私たちはカナンリンクを管理する者たちによって、ここを――弄くられてる。

 そして地球を再現するパーツにされ、実験の材料にされている。

 セカイが実験の結果に満足すれば、檻に戻されてデータを抜かれ、また新しい役割を与えられて……」


「自由とかはないの……?」


「さっきも言ったけどセカイが決めた範囲内ではある。

 その点で言えば、よくできているよ。

 災害も争いも何もなく、何の心配もなく暮らせる。実験を継続させるためなら怪我や病気だって治してもらえる。

 生きる希望とか、生きがいも――くれる。

 腹立たしいけど、それは事実だから……実験を続けられる状態にある人は、そのまま任せてしまった方がいいんだ。

 問題は、むしろカナンリンクの管理から外れた場合だね」


 カーブのため、シェリオがちょっとだけ言葉を止めた。

 真人は辛抱強く続きを待つ。


「カナンリンクは地球を完全に再現している筈なんだけど……

 何かが足りないんだろうね。

 ここが、少しずつ耐えられなくなるんだ」


 シェリオが今度は自分の胸を指し、悲しそうに笑う。

 真人がシェリオの横顔を見つめた。


「デュミナによれば、カナンリンク側にも何か問題が起ってるみたい。

 そういう意味では皆を救いたいけど」


「危険なの?

 例えば、さっきの檻のような場所で……殺されるとか」


「仮に入れられても、大抵の人ならすぐ出てこられるよ。

 記憶や人格を入れ替えられるけどね。

 問題は軽くなかった場合と、何度も檻に戻って来ちゃう人だね。

 そういう人には知識や経験を埋め込めなくなる」


 シェリオがふっと笑った。

 車がもう一度カーブを切ったため、もう一度会話が途切れる。

 直線に出たシェリオが速度を上げた。


「――さっき教えた通り、私の頭の中にあるのは疑似記憶なんだ。

 私だけじゃない、ここにいる皆は全員がそう。

 消しちゃうと動けなくなるから、そのままにしてあるだけ。

 タロットカードから取った戦車――シェリオットって自分で呼んでるこれは、精巧なロボットとも言える。

 ロボットであることを拒否して処分されちゃった人こそが、本当の人かもね」


「ち、違う! シェリオは普通の人間だよ!」


 つい大声になってしまった。

 漠然とした知識しかなかった真人が、初めて当事者から聞いた真実に戸惑う。

 真実は真人の想像より少し重く、冷たかった。

 シェリオはシフトを切り替えるついでに、前を向いたまま真人の手に優しく触れた。


「有り難う、真人。

 大丈夫、真人たちと普通に話していられる間は人だと思えるから。

 でも処分が決まった人もいる。そんな人は救いたい。

 ――目覚めた自分たちには、救うために何かする義務があると思う。

 そのために作った組織が《アイビストライフ》。

 地球帰還の手段を探すと同時に、そういうところから人を助け出す。それが目的」


 シェリオが両手をハンドルに戻し、軽く胸を張る。

 真人はそんなシェリオを眩しそうに見つめた。


「――っと、司令からコールだ。

 急ごう、皆も待ってるから」


 シェリオのかけているゴーグル型端末にメッセージが入ったらしい。

 そのまま運転に集中する。 


「うん……

 ねえ、僕の転送実験はいつ頃始められるの?」


「さっきの結果を元に最終調整に入るから……もうちょっと時間がかかる。

 お腹でも空いた?

 言えばフィッシャー司令がご飯作っててくれると思うよ」


「ううん、身体を変な場所に置きっ放しだから、それが気になって。

 今回は本体が目を覚ましても大丈夫なんだよね?」


「起きていても大丈夫だけど、可能なら寝ていてくれたほうが助かるかな。

 ふらふら動かれると計算がね……

 できるだけ急ぐよ」


 事務所とかでお説教を受けてる最中に転送が始まったら、後で誤魔化すのが大変そうだ。

 真人が情け無さそうに呟く。


「――見つけられてたら頑張って隠れてもう一度眠るんだぞ、本体」


 そんな独り言を置いてゆくような勢いで車が速度を上げた。

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