最後のページたち

小説αの結末



 その後、幾人かの画商に会って話を聞いてみたところ、e氏が夢を題材にした作品を発表し始めたのは還暦を過ぎた頃からであったらしい。

《館》と題された連作。それらは例えば階段の踊り場、書斎前の廊下、屋根裏に続く梯子段など、特に何と言うこともない風景の連続だった。が、その構図がどうも奇妙であり、どこがとはっきり指摘できないのがもどかしいのだが、とにかく何かがおかしい。不思議なほどの『歪み』を感じるのだった。

「これは先日みた夢を元に描いたのです」とe氏は言ったという。

「――夢ですよ」

 そして連作「館」は10年足らずで150作を越える。もはや氏の制作速度は異常としか言えなかったが、自ら「館」の設計図を引き、全財産をなげうってその建設に乗り出したと聞いていよいよ人々は戦慄した。

(氏は狂っているのではないか?)

「館」はe氏が75歳のときにようやく半分完成したが、何しろその建築物はあまりにも巨大、広大なため、たぶん氏が存命中には完成しないだろうと人々は噂した。未完成の「館」にe氏のアトリエが設けられ、その窓から館を――自身の夢が建築されてゆく様を――眺めていたそうである。


 e氏は86歳のとき、建築中の「館」のどこかで行方不明になった。警察が調べたが、足を悪くしていたe氏が敷地外に出たとは考えにくい。たぶん氏はこの「館」のどこかにいる、と判断した。だが、いかに手を尽くしてもe氏は発見されなかった。アトリエには描きかけの画が残されていた。


 e氏はどこへ消えたのだろう?


 年月が絶ち、やがてe氏の死亡は明らかなものとなった。遺言により、e氏の死後も尚「館」の建築は続けられ、先日ようやく完成したと聞く。

 ところでアトリエに残されていた描きかけの画だが――それは一連の「館」作品には見られない異質な点があった。150作を越す連作は全て風景しか描かれておらず、人はおろか虫いっぴきすらいなかったというのに、その遺作だけは例外だったのである。遺作には人物が描かれていた。


 回廊の画。

 画面の右端、自らの影を引きずりながら歩くその人物はe氏自身だった。

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