メモ4

 あなたはずっと駅のなかを歩き回っていた。


 右手に、重くもなく軽くもない鞄を持っている。中身が何かは知らなかった。開けて確かめてみてもいいのだが、今すぐそれをやる必要は無いように思うので、あなたは黙々と歩いていた。



 駅は恐ろしいほど広く、さまざまな汽車が行き来している。しかし、どの汽車に乗ればいいのかわからない。どれも自分の乗るべき汽車ではないように見える。あるいは、そのどれもが自分の乗るべき汽車のようにも見える。プラットホームから汽車が出て行ってしまうと、「あれに乗るべきだったのではないだろうか」とあなたは自問する。



 駅員室は冷たかった。


 あなたは駅員に「自分が乗るべき汽車」について訊ねたが、駅員はわからないと答えた。「なぜ」と問うと「私はあなたではないのだから、あなたの乗る汽車について知るはずがないでしょう」と答えた。もっともだと思った。


 あなたは陽の当たるプラットホームに出て缶コーヒーを飲む。ぼんやりしていると顔のない人がやってきて「私の顔を知らないか」とあなたに訊いた。「知らない」と答えた。顔のない人は「顔を失くしたのでとても困っている」と嘆いた。あなたは「そうでしょうね」と相槌を打ち、そそくさとその場を去った。


 

 あなたは駅のなかを歩きながら、ふと、この世界は夢ではないだろうかと考えた。どうも夢らしいなと思う。しかしどうして夢らしいと思うのか、その理由は不明だった。

 あなたは月世界旅行のポスターを眺めている人の肩を叩き、「もしかしたらここは夢の世界ではないでしょうか」と訊ねた。


 その人は「あなたの夢ですか、それとも私の?」と言った。


 あなたはわからないと答えた。事実、わからなかった。

 

 

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