第三章
そんな様子を見た祖母は椅子に座れと言わんばかりにベッドの横にあるスツールをパンパンと叩いている。確かにずっと床に座っている訳にはいかないので、のろのろと立ち上がり祖母の傍に座ることにした。
「思ったよりばあちゃんがピンピンしてて、俺も拓哉と同じこと言ったよ。さすが兄弟だよな。」
「そうだね。さすが。」
顔をくしゃくしゃにして笑いながら話してくる兄に釣られて私も笑ってしまった。その会話をきまりが悪そうに聞いていた祖母が口を開くまでは、確かに幸せな時間が流れていた。
「圭介、拓哉。二人に説明しとかないといけないことがあるの。」
「ん?どうした?看護師さんの話じゃまだ死ねないらしいよ。」
とふざけながら答える兄を祖母は黙って睨んでいた。その表情は怒っているようにも、苦しんでいるようにも見えた。兄と私は今から祖母が話そうとしている事の重大さを理解し、少しがたつき不安定なスツールに姿勢を正して座りなおした。
「落ち着いて聞いてね。二人に今まで隠してたことがあるの。」
「うん。何なの?」
先を聞けば何かが壊れそうな気がしたが、祖母が意を決して話そうとしていることを聞かないわけにはいかなかった。
「実は、ね。圭介と拓哉の父親は違う人なの。」
「「え?」」
「黙ってて、ごめんね。ただ、言い出すタイミングがわからなかったの。」
「どういうことだよ!意味わからねぇよ」
取り乱す私に対して、兄は現実を受け入れまいと頭がショートしたように静かだった。祖母は天井より遥か遠くを見ているように静かに話を続けた。
「二人のお母さんは私の娘『水原 夏樹』。夏樹は二十五歳のときに同じ歳の『金本 祐樹』と結婚して、翌年その二人の間に子供ができたの。その子が圭介よ。金本は工場で働いていたのだけど、時々夏樹に隠れて、パチンコに行ってたの。いつしかパチンコで負けが重なり借金までするようになったの。夏樹が何度注意しても直らなくてね、その頃から圭介を私の家に預けて夏樹も夜遅くまでで働くようになったわ。それから何ヶ月か経った日に、夏樹が呆然とした顔で家に来たの。どうしたのか聞くと、『祐樹さんがいなくなった』詳しく聞くと金本が借金だけ残して蒸発したのよ。」
「そうだったんだ。」
兄は落ち着いた声でそう言い祖母に繋がった点滴から落ちる雫をじっと見ていた。
「次に拓哉の父親の話ね。金本が蒸発してからも夏樹は朝から晩まで働いていたが苦しい生活を続けていたわ。そんなある日、夜中パートから帰る時に後ろから何者かに襲われて、車内で強姦されたのよ。その時に妊娠してしまったの。私は夏樹に人工妊娠中絶する方がいいと言ったのだけど『この子は何を言われても生むわ。だって私の子ですもの。』と言って聞かなかったのよ。そうして生まれた子が拓哉なのだけど・・・拓哉が生まれたときに夏樹は亡くなったの。」
「俺と兄貴は本当の兄弟じゃない?俺の父親が強姦魔?俺が母さんを殺したのか?・・・何だよ、それ。」
頭がクラクラする。体が地面に沈みこんでいく。次第に視界が真っ暗になった。
ハッとして目を覚ますと私は病室で寝ていた。酷く汗をかいたようで、服が背中に張り付いて気持ちが悪い。
「最悪な夢を見た。」
窓についた露が太陽の光を反射しキラキラと光りながら、スーと垂れていった。
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