第15話
聖也はすぐに追い掛けたつもりだが、校門から見渡してもティリスはもう何処にも見当たらなかった。
「あいつらは今日予定あるって言ってたしな」
潤と雪菜に手伝って貰おうと考えたが、予定があると言っていたから諦めた。
「他に手伝ってくれそうなやつは…………」
スマホで連絡帳を調べていると、割りと最近連絡先を交換した人物が目に入った。
「…………この際やむを得ないか」
聖也はその人物に電話を掛ける。
数回のコールの後、その人物が電話に出た。
『聖也君ですか。どうしましたか?珍しいですわね』
電話に出たのは東雲 梨莉佳だ。
「梨莉佳、悪いけど手伝って欲しいことがあるんだ」
『手伝うって聖也君をですか?』
「そうだ。緊急なんだ」
『そうですのね。ですがわたくし、これからお稽古がありますの』
「そっか。それじゃあ無理は言えないか」
聖也は肩を落とした。やはり1人で探すしかないのかと考える。
『…………何があったのかお話して頂けませんか?まだ稽古までには少し時間がありますので』
「実は………」
聖也は魔法のことを伏せて、学校でティリスと男子生徒で揉め事があり、ティリスが聖也からも逃げてしまったことを話した。
『ティリスさんが聖也君を避けるなんて考えられませんが、聖也君が今そんな嘘を付くなんて考えられませんものね。………………わかりましたわ。わたくしもティリスさんを探すお手伝いさせて頂きますわ』
「いいのか?習い事があるんだろ」
『何を言ってるんですの?確かにティリスさんは聖也君を取り合う恋敵ですが、わたくしの大事なお友達ですわ。そのお友達が大変なことになって困っているなら、お稽古なんてしている暇はありませんわ』
「梨莉佳………ありがとう」
『お礼は見つけてからで結構ですわ。姉さんも引き連れて、わたくしも心当たりがある場所を当たってみますわ』
「よろしく頼む」
『ええ。任せされましたわ』
聖也は心強い言葉を聞いて電話を切った。
これで1人よりは捜索範囲が広がる。
ティリス1人で行ける場所は、聖也と行ったことがある場所しかないはず。
聖也はそう考え、今までティリスと行った場所を思い出しながら駆けて行った。
☆ ☆ ☆
それから何時間か走り回った聖也だが、ティリスを見つけることが出来なかった。
回った場所は買い物に行ったことがある場所から、ティリスとデートしたルートを中心に公園もあちこち回った。
家にも帰り、仕事が休みで家にいた母親にもティリスが帰って来たら連絡するように頼んだ。
梨莉佳からの連絡もなく、次は何処を探そうか迷っていると、そこに思いがけない人物が聖也に声を掛けて来た。
「新枝君、フィルテリアさんは見つかかりましたか?」
「柳瀬?どうしてそのことを」
話し掛けて来たのは柳瀬 香織だった。
香織には声を掛けていなかったので、なんで彼女がティリスを探してくれているのか分からなかった。
「梨莉佳さんから連絡があったんです。フィルテリアさんが行方不明になったから、捜索を手伝って欲しいって」
「あいつが」
それは嬉しい誤算だった。しかし、その嬉しい誤算はそれだけに留まらなかった。
「後、私がクラスメイトに情報発信したら、8割以上のクラスメイトの人達がフィルテリアさんを探してくれてます」
「皆が?柳瀬ってそんなに友達いたっけ?」
香織は物静かな性格で、あまり人と話している姿を見ていないから、聖也は驚きを隠せないでいた。
「言いたいことは分かりますけど、皆の連絡先ぐらいは網羅してます。こういう時のために教えて貰ってましたから」
「それはそれで用意周到すぎて怖いけどな」
だが、それはとても心強いことだ。
クラスメイトは30人以上いるので、少なく見ても25人はティリスを探してくれているということだからだ。
「それにしてもなんで皆、こんなに協力的なんだ?」
「そんなの決まっているじゃないですか」
香織は何を聞いてくるんだという顔をして、聖也に言った。
「新枝君が今まで皆を助けてくれたこともあるでしょうけど、フィルテリアさんも皆にとって大事な友達だからじゃないですか。大事な友達が困っているから助ける。こんなことは当たり前です」
聖也は涙を溢しそうになる。
人が困っていたら助ける。
聖也は今まで、当たり前のようにやって来た。それがこんな場面で自分の力になるなんて思ってもみなかった。
それにティリスが最近聖也から離れ、クラスメイトと遊んでいたことで、大事な友達と認識されていることも嬉しかった。
「柳瀬、ありがとう」
「お礼は見つかってから聞きますよ。それよりもうすぐ夜ですから、急いで探しましょう」
柳瀬を始め、クラスメイト大半で捜索したティリスだったが、夜9時を回ろうとしても見つかることなかった。
途中、クラスメイトと出会うこともあり、情報交換もしたが、結果は芳しくなかった。
流石に皆に手伝ってもらい続けるのは悪いので、帰ってもらっている。
聖也は母親にまだ探すことを伝え、深夜0時を迎えるぐらいまで走り回っていた。
それでも見つからず、流石に走り回り続け疲れた聖也は、日が変わろうとするところで1度帰ることにした。
☆ ☆ ☆
「……………私はこれからどうしたらいいのでしょうか」
ティリスは1人である場所に来ていた。
実際に来たことがない場所ではあったが、クラスメイトとこの近くを通った時に、ここがどういう場所なのか聞いていた。
「もし本当にここに神様がいるのなら、私を元の世界に帰してくれませんか」
何回もこの言葉をこの場所で言っているが、何も起こらない。
ティリスはここに来る途中、ポケットに財布が入っていたので、コンビニに寄り買って来たお茶を飲み、喉を潤した。
ここに来た時はまだ夕暮れになる前だったが、今はもう深い青の空に数多の星々が輝いていた。
赤い鳥居を通して見る星は、いつもと違う世界への門にも見える。
少し下に視線をやると、町の灯りが星に負けじと輝いている。
ティリスは1人でずっとこの高台にある神社にいるが、不思議と人は誰も来なかった。
「…………いつもならセイヤさんとベッドに入っている頃でしょうか」
いつも自分に温かい笑顔をくれ、いつも自分を気に掛けてくれ、いつも自分を笑顔にしてくれる大切な人。
そんなティリスにとって本当に大切な人となっていた聖也のことを思い出すと、ティリスの目から小さな星が零れ落ちた。
「セイヤ……さん、ぐすっ………わたしはあなたに会う資格はもうありません。会えるはずが………ないです」
ティリスは聖也のことを魔法で傷を付けてしまった。
咄嗟にやってしまったとはいえ、人助けのために使うと約束した魔法を、よりによって約束をした、愛している人に向かって放ってしまった。
ティリスは自分で自分が許せなかった。
大切で大事な人を魔法で傷を付けたのだ。
簡単に許せることではなかった。
「………………ぐす」
ティリスの嗚咽は、誰もいない神社に静かに溶け込んでいった。
☆ ☆ ☆
「…………………ティリス」
聖也が家に戻ると、母親がまだ起きているのか、家には灯りが灯っていた。
「ただいま」
「やっと帰って来たか」
そこには居るはずのない人物の声がした。
「なんで潤がいるんだ?」
「んなの決まってるだろ。ティリスちゃんを探すのに協力するためだ」
今はもう深夜0時を過ぎようとしている。それなのにこの男は何を言っているのだ。
聖也は普通にそう思った。
「どうせお前、この後も夜通し探し続けるつもりだろ?」
「……………」
確かに聖也は潤の言うとおり、少し休憩したらまた探しに行くつもりでいた。
「梨莉佳から聞いた。お前ずっと走り回っていたんだろ。そろそろ風呂入って寝なきゃ、ぶっ倒れるぞ」
「でも」
「でもじゃねぇ。この後は俺が引き継いで探してやる。お前は休め」
「……………わかった」
「それでいい。お前のお袋さんはもう寝てるから、静かにしろよ」
「ありがとな」
「お前が昔助けてくれたことに比べたら、どうってことないさ」
潤はそう言うと、聖也の肩をポンっと叩いて、出ていった。
聖也は潤に言われた通り、この日はお風呂に入り、疲れきった身体を休めることにした。
☆ ☆ ☆
「ったく、ティリスちゃんはどこ行ったんだ」
ティリスは動き回っていることも考慮して、聖也と同じ場所も走り回って探した。
しかし、それでも見つからず、一度公園のベンチに座り、一休みしていた。
「朝までには見つけられるといいが」
これが聖也の助けになるのなら、潤は身を削ってでも助けてやるつもりでいた。
(あいつだって、俺を助けるために身を削ってくれたんだ。これで返せるわけじゃないだろうが、少しでもあいつのためになるなら)
潤は昔あったことを思い出していた。
潤は小学生の頃から女子にモテていた。
勉強も出来て頭も良かった。
女子からモテて当然の容姿もしていたので、当たり前の結果だった。
しかし、それを面白く思わなかった男子が集まり、潤を苛めの対象とした。
上履きを隠されることは毎朝のようになり、教科書やノートまでゴミ箱に捨てられたこともあった。
そして、苛められていることが周囲に知られると、女子にまで何かと言われるようになり、孤独になっていった。
それでも側にいてくれたのが、近所に昔から住んでいる幼馴染の聖也と雪菜だった。
2人にも自分と一緒にいると、苛めの対象になるから遠ざかるように言ったが、2人はそれを拒んだ。
そして、2人にも苛めの被害が行くようになり、潤は自分が登校しなければ、2人は苛められないと考えるようになり、不登校となってしまった。
親や先生が潤を登校させようと努力するが、結果は芳しくなかった。
そんな潤を救ってくれたのが聖也だった。
本人からは詳しく聞いていないが、もう1人の幼馴染である雪菜がその時の様子を見ており、説明してくれた。
なんでも、潤を苛めていた男子複数相手に、潤に謝るようにと、向かっていったというのだ。
殴り合いのケンカに発展しても、集団でやられそうになっても、聖也は諦めずに訴え続け、潤に今までしたことを、潤の家まで連れて行き、謝らせに来たのだ。
潤は傷だらけになった聖也を見て、どうしてここまでしたのか聞いた。
その時に聖也が言った言葉が。
「クラスの皆が友達になれば、絶対楽しいじゃん。それに、友達が困っているのを助けるのは当たり前だよ」
聖也は傷だらけなのに、笑顔でそう言ったのだ。
クラスメイトもその馬鹿げたおめでたい言葉に唖然としていたが、その後すぐに大笑いが起きた。
潤も苛めていた男子も一緒に大笑いしたのだ。
こんな馬鹿が本当にいることに。
そんな馬鹿を本当にやり遂げた聖也に。
それからは苛めは無くなった。
更に、以前よりクラス全体の仲が良くなっていた。
たった1人を助けるために、たった1人でクラス全体の仲を良くしてしまった聖也。
潤はそんな聖也を自慢の幼馴染で、自慢の親友だと思っている。
「っし!!朝までには見つけてやる」
そんな親友の聖也の大切な女の子を探すため、また深夜の町を潤は走り出した。
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