もみじ、ひとひら

紺藤 香純

あの年、夏の日

 ぬるい風に頬を撫でられ、彼女はまぶたを開いた。

 腕の中では、赤子がすやすやと寝息をたてている。我が子をあやしながら、自分も午睡うとうとしてしまったらしい。

 頭の下には、枕代わりの座布団。肩から足先まで、すっぽりとタオルケットがかけられている。

 赤子を起こさぬようにタオルケットから抜け出した彼女は、縁側に腰かける彼の傍らに正座する。

「申し訳ありません。また昼間から寝てしまいまして」

「とんでもない。寝顔が見られて幸せだ」

 彼は顔を綻ばせ、手元のうちわで彼女をあおぐ。寝汗でべたつく首まわりが、少しだけ楽になった。

 昔から着物で生活しているが。やはり夏は暑い。洋服の方が楽ではあるが、着物の習慣はなかなか変えられずにいる。

「今度、父の様子を見に行きたいんだ。会わなくていい。一瞬だけ、遠目から姿を見るだけでいい。母のときみたいに、後悔したくないんだ」

 彼は母親の最期に立ち会うことができず、葬儀にも参列できなかった。彼は今でもそれを悔んでいるのだ。

「かしこまりました。あなた様が粗相なさいませぬように、わたくしも共に参ります。よろしいですね、勇貴ゆうきくん」

 彼女は、彼ににじり寄り、肩に触れた。利き手とは反対の、左側の肩。その昔、彼に乞われて噛み傷をこしらえた患部。今は跡も残らず綺麗な肌に戻っているようだ。

「ありがとう、かえでちゃん」

 彼は彼女の肩を抱く。

「ガンちゃんと真美まみちゃんは元気にしているかな」

「お姿を拝見できたら良いですね」

 赤子がぐずぐずと泣き出し、彼女は慌てて赤子を抱き上げる。

 庭先のひまわりと青もみじが、風に吹かれてわずかに揺れた。

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