二度失敗した梯子酒
フェティッシュの機能について、エドガー・ライト監督『The World's End』(邦題:ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う!)から読み解こう。この映画は輝かしい青春時代の最後の1ページの回想から始まる。充実した高校生活最後の思い出に、ゲイリー・キングは仲間4人と田舎町にある12個のパブを全部回る計画を立てる。途中で様々なトラブルにまみえつつ次々にパブを回り梯子酒していくゲイリー達。途中で仲間が飲み過ぎによるダメージで脱落したり、吐いたビールで服を汚しながらパブ巡りは続く。しかし12個ものパブで必ず1パイントのビールを飲むことは困難であり、結局最後のパブ「ワールズ・エンド」まで辿り着く前に夜明けを迎えてしまった。だが、清々しい夜明けだった。必死にやったのだ、こんなに楽しいことはもう人生でないんじゃないか――そうして、青春時代を懐かしく病院で語るゲイリーは言う「そしたら、本当になかったんだ」ハンサムで女の子にモテて、皆の中心人物で人気者だったゲイリーは、現在ではアル中の小汚く情けない中年になっていたのだった。
ゲイリーは自分の情けない人生に後ろ向きな訣別をする為に、輝かしい青春時代の最高の1ページを再現しようとする。田舎に戻り、かつての仲間達と今度こそ全てのパブ巡りを成功させる事を決意する。自堕落な生活を送る自分とは違い、かつての仲間たちは皆社会的な成功を収めていた。いまいち乗り気でない仲間たちを尻目にはしゃぐゲイリー。そうしてパブ巡りは始まる――すると、パブ巡りの途中で街中がどこかおかしい事に気付く。ひょんなことから、田舎町は既に宇宙人に支配され、人々は宇宙人と入れ替わっていたのだった。想像を絶する事態にビールなんか飲んでいる場合じゃないと逃げる仲間たち、しかしゲイリーはパブ巡りを完遂させる事に固執する。そうしてついに最後のパブ、「ワールズ・エンド」に辿り着くゲイリー達。だがそこは宇宙人の秘密基地になっていた……。ゲイリーは最後の一杯を手にするも、宇宙人達と対峙し、ある選択を迫られる。クライマックスのシーンについては詳細は伏せるが、宇宙人達を退けることは出来た、だがその結果世界は滅んでしまう。
爆炎の炎と煙の<現実界>に飲まれて、世界を支配していた<大文字の他者>が崩壊していく。そうして新たに生まれた世界で、ゲイリーは宇宙人に取り替えられたかつての仲間たちと戦いの日々を送るのだった。精神病院で苦しむ患者たちの輪で、自嘲的に昔は良かったと告白するみすぼらしいゲイリー・キングはもういない。彼は生まれ変わり、そこには心からの笑顔があった。
さて、ここではビールがフェティッシュとして機能している。ゲイリーは賑やかで最高だった高校生活とはうってかわって、今では現実と上手くやっていけずにアル中の病人患者として治療を受けている。フェティシストは、フェティッシュに執着することで現実のもたらす衝撃をやわらげ、事実をありのままに受け入れることができる、徹底したリアリストだ。再度のパブ巡りで、宇宙人に襲われながらも12軒全てのパブでビールを梯子酒する事に拘るゲイリーは、筋金入りのフェティシストである。
だが、ラストで<大文字の他者>が崩壊したことによって……象徴的秩序はがらりと変わってしまう。その世界はゲイリーにとって血湧き肉躍るものだった。だから、12杯目のビールを飲む必要は消滅してしまったという訳だ。結論はこうである。フェティシズムを思い違いしてはならない――フェティシズムとは神への攻撃である。
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