閉じられた世界で――なつかしきエス!
TVアニメ『フリップフラッパーズ』の5話はホラー的な百合としての傑作だ。百合とホラーとの相性の抜群さをスタッフはよく理解していると、惜しみない賞賛を捧げずにはいられない。『フリップフラッパーズ』はヒロインのパピカとココナの二人を中心に繰り広げられるSF冒険活劇物語だ。
ピュアイリュージョンという不思議な世界で、どんな願いも叶えてくれるミミの欠片を集める為、ココナとパピカは寮制の女学院で過ごす事になる。その世界はループしており、女学生達と一緒に……本を読んだり、刺繍をしたり、オルガンを弾いたり、お茶会をして過ごしていくうちに、退廃的で甘美な世界の雰囲気に飲まれ、本来の目的を忘れてしまう……。
かつての合衆国では、女性同士の親密な関係性は良いものとされていた――結婚するまでのモラトリアム期間として。資本主義イデオロギーにおいて、男性のモラトリアムは、労働力になるまでの期間、つまりは学生の時代にあることはご存知のことだろう。だが、女性においてのモラトリアムは、結婚するまでなのだ。例えば大学を卒業した後、就職せずに働かない男性は穀潰しとして揶揄されるが、女性は家事手伝いとして比較的世間=<大文字の資本>からバッシングされることはなく、見過ごして貰える傾向にある。
この構造は、戦前のエス的な関係においても適用される。学校という閉じられた世界を卒業してしまえば、自由な恋愛はできなくなる――詳しくは3章で述べるが、昔は恋愛と結婚とは全く別のものであり、結婚は親族等の外部的な力による取り決めだった。ゆえに戦前の女学校の少女たちは、プラトニックな恋愛が可能な学校という<大文字の資本>の支配がまだ及ばない安全な場所で、恋愛を楽しんだというわけだ……。
社会主義を取り込んで今もなお拡大と増殖を繰り返す<大文字の資本>の影響下にある現代でのモラトリアムの異性間の違いの一例について軽く触れておこう。大学受験浪人を数年以上も続けるような状態を「多浪」と呼ぶが、これはほぼ男子のみに限られた現象だ。もちろん女子だけ浪人年数が制限されているわけではない、にも関わらず女子はほとんど多浪しない。制度の制約なしに、これほどの性差が認められるのには世間的価値観が反映されている……。つまり、男性は社会的地位へと向けた世間からの重圧が強く作用するため、いきおい学歴も重視されることになる、言い換えれば、男性については、結果的に良い大学に入れば何年浪人したかどうかはそこまで問われない――という価値観のもと生きている。数年程度の回り道ないしモラトリアムは許容される。これに対して女の子は、多浪して良い大学に入るよりは、あまり回り道をせずに実力相応の学校を出てすぐ就職し、いずれ結婚する……というコースへの期待度が高い。
百合と学生の親和性が高いのは、美しい少女性=純粋さ、というものを外部から規定する価値観=<大文字の他者>の象徴的な支配からの、一時的な少女たちの逃避行というものによることが大きいという見方も出来るだろう。先程取り上げたタカハシマコの『タイガーリリー』もこの構造に規定されている。
『フリップフラッパーズ』の5話は、そうした閉じられた世界の秘め事の享楽を、見事に演出している素晴らしい神回だ。ここには<症候>と、なつかしきエスに対してのフェティッシュが機能している……。
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