第205話 最強はアップデートを楽しむ㉗

 あれから、数十分後。

 死に戻りで街に戻っていたレイド参加者たちと遅れていた雪継達が、それまで閑散としていた猛獣の入り口に集合した。集合した面々は皆、PK前の緊張感が漂うかのようにピリピリとした空気を発する。そんな周囲に、事情を知らない雪継達だけが不思議そうに首を傾げていた。


『全員連合入ったか、各クランのマスター確認して』


 そんな空気をぶった切る先生が、皆へ声をかける。

 先生と言わず、うちのクラメン全員スルースキルMAXだからね……。


『うち大丈夫~』

[[宮様] 皆PTいるわね?]

『うちも、入ったぞ』

『あたしの所も大丈夫よ~ん』


 私も答えようか迷ったが、答えるまでもなくクラチャで宮ネェが確認する。一応確認のため開いていたPT編成を閉じ、バフを開始する。

 全体バフだけは私の担当なのでしっかりと仕事はします。


 今回指揮を執るのはうちのクランらしいので、先生に丸投げしておいた。

 珍しくうちの指揮になった原因はロゼで、彼曰く、言いだした奴が指揮だろ? だそうだ。その言い分に小春ちゃんも、雪継も当然のように頷いていたので今回は致しかたない


 バフが終わり、先陣を切って猛獣入口へ入る黒たちについていく。最後尾は小春ちゃんのクラン。職人が多い為、戦闘には向かいと言う小春ちゃんの希望でそうなった。

 続々とレイド参加のプレイヤー達が進む。途中途中で狩り中と思しきプレイヤーを見かけ、途中で引っかけたモブの処理はしっかりする事を徹底させる。


『そう言えば、はいただけねーよ』

 思い出したかのように黒が口を開く。


『あぁ……アレは流石に、俺死んだと思ったよ!』

『アレはキヨシの自業自得でしゅwww』

『いやー。だって天城の雑魚痛いじゃん?w』

『キヨシ無双でござったw』

『ぶふっ。あの時のキヨシの顔思いだしたら、腹がよじれそうw』

『痛くても処理はしろよ! つか、雪、千桜……お前元クラメンだよな? 覚えてね―とは言わせねーぞ?』


 一拍置いてキヨシが、あぁ! と思いだしたように呟き、それにさゆたんと宗乃助が反応する。ティタは、何かを思いだしたかのように笑っていた。

 黒の言葉に元凶である雪継がいい訳をかます。だが、そこに絶対に逆らってはいけない白が加わり、嫌な笑顔を浮かべながら脅しをかける。


『ちょ、白、待つだわいね!! これには理由が……』

『あ゛ぁ? 理由なんか知らねーよ? 人様に迷惑かける行為はするなって教えたよな?』

『……うっ。はい』

『は、反省してるわいね』

『ウハハハハ。怒られてやんのーw』

『雪も千桜も白には絶対逆らえないもんなーw』


 たじろぎながらもいい訳をしようとする千桜に、白がマジ気味に巻き舌を駆使して恫喝する……。それはまるで、体育会系と言うよりもボスとか呼ばれていそうなノリだ。白の言葉に反論できない、雪継と千桜が口をつぐみ項垂れた。

 そんな二人の肩にチカとキヨシのお騒がせコンビが手を置き、慰めているのか、煽っているのかニヤニヤとした笑顔を向ける。


 階段を降り地下へと進むにつれ、モブの量が多くなりはじめた。無駄話をする余裕なく、次々と寄って来るモブに全員が処理に追われる始める。

 レイドが沸くと雑魚モブが増えるのは昔からだが、こんなに多かっただろうか……? 放置され過ぎてモブが増えまくった? それにしては、アップデート前の倍は居そうな数だ。通常よりも多いモブに、なんとも言えぬ不安感を感じた。


『ていうか、さっきから気になってたけど……春日丸。それ何のサモン?』


 白を気にしつつも話題を変えようとする雪継の一言が、春日丸の――ように私には見えた。話を振られた春日丸は、一気に暗い表情へと様変わりする。

 そんな彼を目の当たりにしたクラメン達は、徐に彼から視線を逸らした。


 彼の心がトレラの話題で病むと知らない雪継は、ニコニコ顔でその返事を待っている。そんな雪継に、春日丸が静かに後悔を含んだ声音で『トレラ……』と呟く。

 チャットを見て会話をする雪継は『おぉ! 凄いじゃん。それって地下坑道だよね~?』と、更に詳細を聞く。


『あぁ、そうだぞ? 買うか?』

『マジ? 幾ら?』

『何、春日丸それ売る気なの? バフ何が付くの? 値段次第だけどバフ良ければ俺もセリ参加したいわw』


 漫画で表わすなら今の春日丸は、周囲にどよ~んとした効果音が付き、縦線が大量に入り濃い黒~グレー位の色合いのトーンが使われている事だろう。


『影買うの?? 800Mで買ったから800Mで売るぞ? バフは、スキルの威力アップ、きまぐれ回復、補助魔法支援だぞ。結構使える……ぞ?』

『マジ? 800か~。欲しいけど、たけぇ。エヴァラックかったばっかだけど、バフはいいな!!』

『うわぁ。バフ凄いじゃん!でも、俺には無理だ~。なんで皆そんなにお金があるのさ~!』

『高くないから買え? もしくは、同等のサモンと交換でも良いぞ?』


 値段が値段だけにバフの効果は褒めつつも、買うと言う踏ん切りがつかない様子の白影と諦めるしかないらしい雪継。どうしてもトレラが嫌らしい春日丸は、同等のサモンと言う言葉まで出して売り付けようとしている。

 そこへロゼが誰しもが疑問に思っているであろう一言を春日丸に投げかけた。


『つか、春日丸なんでそんな売りたがってんの?』

『………………うるさい』

『ぷっwwww』

『ぶはっww』

『あ、笑ってて、手元くるったわ。わりぃ!』

『やべぇ、もう限界wwwww』

『気をつけるでしゅよww 笑い過ぎて魔法誤射しそうでしゅw』


 春日丸の最終的な一言に、クラメンが一気に噴き出した。笑ったせいで黒がタゲミスった事は内緒にしておいてあげよう。


 その後、事情を説明したことにより事が決定した。それからトレラの討伐の話になり、それを説明するような会話が続いた。


 トレラの討伐はやってしまえば簡単ではあるけれど、しっかりした回復職と盾がいてこそできる事だと思う。

 ロゼの所は問題なくできるだろう。雪継の所の盾も下手と決めつける訳では無いけど、黒達ほど周囲が見えていないように感じるので今は難しいかもしれない。

 小春ちゃんの所は、論外と言っては失礼だが職人気質の人が多く、トレラ討伐は難しい。

 敢てそれを口にしたりはしないけど、雪継、小春ちゃんの所は今一つ伸び悩んでいる感じがする。


 最下層への階段を降り、再びバフをかけ直す。


『話はそれ位にして、ボスの攻略法をもう一度説明するから聞いておいてくれ』そう前置きした先生の一声で、それまで軽口をたたき合っていた全員が押し黙り真剣な表情へと変わった。

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